ヨーロッパ旅行 (その2)

スペイン・ポルトガル編
スペイン国旗
ポルトガル国旗

2008年(平成20年)

 第7日目 5月14日(水) No.1
(ここまでスペイン)


スペイン・ポルトガルの旅

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◎ 本 日 の 予 定
 場 所  概 要
 ボルムホフ 朝食 ホテル:ベルティーチェ アルハラフェ のビュッフェ
セビージャへ移動 セビージャまで約11Km(約20分)
 セビージャ 観光 (約1時間30分) 【世界遺産】アルカサール、カテドラル
 サンタクルス地区、ムリーリョ公園
 スペイン広場
ポルトガルのエヴォラへ移動 エヴォラまで約330Km(約4時間)
 ◎ これよりポルトガル
 エヴォラ 昼食 レストランでポークの煮込み料理
観光(約1時間30分) 【世界遺産】エヴォラ歴史地区、ディアナ神殿
 カテドラル、サンフランシスコ教会
リスボンへ移動 リスボンまで約125Km(約2時間)
 リスボン 夕食、ファド・ショウ 哀愁のファド・ディナーショウ(食事つき)
宿泊ホテル  ホテル:コリンシア リスボア

 

  
◎セビージャ  豆 知 識
*概要
  セビージャ(または、セビリア Sevilla)市はスペインの南西に位置し、セビージャ県の県庁所在地であるとともに、アンダルシア州の州都でもあります。人口は約70万人。県の半数近くの人口がこの街に集中していることになります。
  また、スペインで4番目に大きな都市です。

 セビージャ市はグアダルキビール河畔の肥沃な平野にある都市です。グアダルキビール川はセビージャを北から南へと縦断し、下流のサンルーカル・デ・バラメダから大西洋へと流れ込んでいます。
 コロンブスのアメリカ発見後、新大陸からの膨大な品々はこの河を上りセビージャに運び込まれ、この街を貿易拠点として大いに発展させました。現在でもセビージャ港はイベリア半島で最も重要な港の一つです。
 
 スペイン1の規模を誇る、カテドラル(大聖堂)があります。


*歴史
  711年から1248年までセビージャはイスラムの支配下におかれ他のアル・アンダルス(現在のアンダルシア地方)の町々と同様、その影響を強く受けることになりました。現存するヒラルダの塔は当時モスクの鐘楼だったもので、イスラムの名残を今に伝えています。

 元々は、イタリアのジェノヴァ商人がセビージャに拠点をおいて積極的な交易活動を行っており、中世より港湾都市として栄えていました。当初はキリスト教徒とユダヤ教徒の共存がみられましたが、14世紀半ばのペスト(黒死病)大流行の原因がユダヤ人が原因とされるなど反ユダヤ主義の風潮が強まり、14世紀末にはこの都市でポグロム(ユダヤ人虐殺)が起こりました。この動きは他の都市にまで波及をみせ、多くのユダヤ人が迫害を受けました。

セビージャから出帆したコロンブス(イタリア出身)による1492年の新大陸の発見。このスペイン史上最大の出来事の一つに、この地が果たした重要な役割は歴史を語る上で忘れてはならないでしょう。

15世紀後半、カスティーリャ王国とアラゴン王国の合併によって成立したスペイン王国は、同世紀末にレコンキスタ(再征服活動)を完了させるとともに新大陸へ航海を進めました。イベリア半島西岸と航路で結ばれているセビージャは、アメリカとの貿易の独占港となって繁栄を誇りました。16世紀から17世紀には、セビージャはスペインでもっとも人口の多い都市となり、1649年には13万人を数えました。
  その年にイタリアから始まったペストがスペインでも猛威をふるい、セビージャは重要性を失い始めましたが、バロック美術の中心地として重要性を保ちました。
 17世紀に入り芸術が大きく開花し、絵画ではムリーヨ、バルデス・レアル、彫刻ではマルティネス・モンターネェスなどセビージャ生まれの芸術家達が素晴らしい作品を残しました。
 また文学の世界においては、セビージャを舞台にした世界的に有名な作品、ドン・フアンの物語が発表されました。

 19世紀のスペイン立憲革命では、セビージャは自由主義者の拠点となりました。20世紀のスペイン内戦では、アフリカに近い位置にあることから、早期にフランコ軍に占領されました。

 20世紀には2つの大きな出来事がありました。1929年に開催されたラテンアメリカエキジビションは、セビージャ都市開発の契機となったイベントです。
 1992年の「エクスポ(世界万国博覧会)92」の開催はセビージャを世界的大都市として知名度を上げることになり、万博に合わせて、グアダルキビール川に橋が建設されました。これを契機に今も毎年のように開催される世界規模の各種イベントは常に多くの注目を集めています。

 

訪 問 地 詳 細
ホテル:ベルティチェ 

6:15
起床

7:00
朝食

 *天候は曇り。朝は少し涼しい。

今日の予定は、セビージャの観光をしたら、スペインとお別れで、次の訪問国:ポルトガルに向かう。 

 スペインのホテルのビュッフェ・スタイルの朝食とも今日でお別れ。ってわけで、量が多い?

セビージャへ    8:10
出発

*いつも、出発は予定時間より早い。
本当は、8:15の出発予定ですが、今回に限らず、毎度、皆さん集合時間前に集まっていますので、早くでます。

泊まっていた、セビージャの近郊のボルムホフから、市内には川を渡って、20分ほどの距離ですが、丁度朝の出勤時間にぶつかり交通渋滞でした。

  *写真は撮れなかったのですが、セビージャは大きななグアダルキビール川の畔にあり、川には大きな貨物船が何艘も泊っています。

万国博覧会の時に作られたアラミロ橋は、巨大な橋で、下を貨物船が十分に通れるように、高さも随分と上に架けられています。
  *アルカサールの写真がない?

予定では、カテドラルに行く前に、アルカサール(El Alcázar de Sevilla)を観るとなっているのですが、どこをアルカサール(スペイン語で城、砦の意味)というのかはっきりしません。

これから行く、カテドラル(大聖堂)を中心とした地域をいうのかな?
  *セビージャの闘牛場は、大きな建物でした。
カテドラル  9時頃 大聖堂 カテドラル (La Catedral de Sevilla )

セビージャにある、カテドラルはヴァチカンのサン・ピエトロ寺院、ロンドンのセント・ポール大聖堂に次ぎキリスト教寺院では世界第三の大きさと言われています。

 奥行116m、幅76mです。
  *カテドラルの中に入れた。

まだ朝が早いので、普通、団体は11時頃でないと中に入れないのですが、入ってしまいました。

内部では、写真撮影ができません。
天井も高く、荘厳な造りです。

ここも、元々はイスラム教のモスクでカテドラルへと改修がされています。1403年に既存のカテドラルの建て直しが行われ、125年間もの長期間にわたる工事でゴシック様式、ネオ・ゴシック様式、ルネサンス様式の特徴を持つ建物になっています。大モスクの跡地に建設されたため、建物は矩形をしています。カテドラル脇に建つヒラルダの塔は当初、モスクのミナレット(礼拝時刻の告知(アザーン)を行うのに使われる塔)建てられたが、改築の際に鐘楼となったとのことです。


風見鶏の塔も有名です。

*コロンブスの墓がある。
  あの、アメリカ大陸を発見したコロンブスの墓がカテドラルの中にありました。
サンタクルス地区   

*大きなカテドラルを後にして、近くのサンタクルス地区(Barrio de Santa Cruz)を歩きます。
   壁の中に、古い水道管の跡がありました。 (14世紀の Agua通り)

 

 

*サンタクルス地区(元ユダヤ人居住区域)を散策です。
   古い街の道幅は狭く、また...そう、迷路です。
  ここでも、私は、写真を撮りながら、必死にツアー・グループの後を追います。(それで、いつも、路地の写真はみなさんの背中ばかり写っているというわけです。)

 

*今日の天候は、朝から曇りのままです。
  気温は18度。狭い路地は、薄暗い。

 コロンブスの塔  

*コロンブスの塔です。

真ん中の船には、表に、フェルナンド国王、裏側にはイザベル女王が刻まれています。

*なお、スペインが誇るコロンブスを記念して、セビージャだけでなく各地にコロンブスの塔はあります。

     *スペインでは、ジャカランダ (Jacalanda)の花が満開です!

 コルドバでも咲いていましたが、セビージャでも、通りに、紫色のジャカランダが咲き誇っています。
       *万博会場跡

 1992年に「世界万国博覧会 エクスポ92」が、セビージャで開催され、今も一部のパビリオンは残されています。

  緑の濃い公園になっています。

  我々は、バスで通過するだけですが。
 スペイン広場    10時頃  *スペイン広場(Plaza de Espana)にやってきました。

 スペイン広場と呼ばれる場所も各都市にあります。
 でも、ここセビージャのスペイン広場の広さはスペイン一かもしれない広さです。

 (スペインだけでなく、イタリアのローマにもありましたね。)
     *広場の真ん中に噴水があり、半円形をした建物が取り囲みます。
     *1枚の写真では、到底収まらない広さです。

 パノラマの写真も撮ったのですが、上下がうまく合っていませんでした。
     *建物の1階の通路の壁には、スペインの各州都の特徴や歴史をタイルにして紹介しています。
 (建物右側の半分は改修中でした。)

 ここは、グラナダのタイルです。
      *広場で「コンドルは飛んでいる」を演奏しているグループです。

 *セビージャのスペイン広場を最後に、スペインでの観光は終わりです。
  これから、隣の国、ポルトガルのエヴォラを目指します。
     10:25
ポルトガルへ
 *カルメンが働いていた?「煙草工場」
  歌劇「カルメン」で登場する「煙草工場」が今も当時のままでありました。(現在は、セビージャ大学の法学部だそうです。)

スペインのセビージャから、ポルトガルのエヴォラまでは、距離は約330Km,時間にして4時間の予定です。
  ◎ これよりポルトガルへ
◎スペインのまとめ
  スペイン・ポルトガルの旅行記の作成に入って、今日は7月11日。
  バルセロナ、バレンシア、クエンカ、マドリッド、トレド、コルドバ、グラナダ、ミハス、そしてセビージャとスペインでの7日間が終わった。
  世界遺産を中心にした観光であるが、振り返ってみると本当によくできた観光内容である。
  あまり味の記憶が残っていないが、食事もその地方の名物料理を準備してくれている。
  残念ながら、天候は悪かったけど、スペインがイタリア以上にオリーブの大陸だということが分かった。
  また、地中海沿岸は開放的であるが、内陸部は不毛の地であることも分かる。

◎アルカサールは行っていない?
  セビージャの観光予定にある「アルカサール」ですが、これは、カテドラルの側にあり、コロンブスの塔へ行く前に、ガイドさんが何か説明をしていた場所のようです。
  後から、調べていたら、立派な建物のようですが、我々のグループは中にも入らなかったので、写真もなく、全然記憶に残っていません!
  建物としては、下のようなもののようです。


◎スペインの夜 -バル(または バール)-
  スペインでももう、6日の夜を過ごした訳ですが、ホテルからは殆ど出てません。
  この観光予定では、夕食も付いているため、夜、ホテルの付近をぶらつくこともなく、またホテルはあまり繁華街にはないことが多くホテルの外へ出ても何もありません。
  まあ、最大の理由は、私がアルコール類が好きでないことですけど。
  夜を楽しみとしている方のために、スペインでは バル(BAR)と呼ばれる一杯飲み屋感覚の店がかなりあります。
  アルコールだけでなく、料理もありで、また安いようです。


 

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