ロシア   6日間の旅行記

期間: 2017年(平成29年) 10月17日(火) ~ 10月22日(日) 

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第4日目: 2017年(平成29年)  10月20日(金) 

ロシアの サンクト・ペテルブルグからモスクワ へ



     
日次 10月 本日のスケジュール
20日
(金)
朝食 05:20 起床 New
  サンクト・ペテルブルグのホテル:ラドガ・ホテルのボックス飯
ホテル 発 06:40 サンクト・ペテルブルグからモスクワ へ
サンクト・ペテルブルグ 発 09・20 アエロフロート・ロシア航空:SU 007便
 所要時間:約1時間15分の空の旅
モスクワ(シェレメチボ) 着 10:35 モスクワ(シェレメチボ)着
モスクワ(シェレメチボ) 発 11:20 モスクワのレストラン へ
昼食 12:30 New
レストランでボルシチとビロシキ料理
モスクワ市内観光と世界遺産クレムリン観光(1)
 (約5時間)
13:30~ モスクワ市内観光と【世界遺産】クレムリン観光へ

◎ウスベンスキー寺院
◎武器庫(宝物庫)
◎グム百貨店

赤の広場【世界遺産】
◎聖ワシリー寺院
夕食 18:40 New
 モスクワのレストランで
ホテル 着 20:30 ノボテル・モスクワ・センター・ホテル
モスクワ宿泊 New
モスクワのノボテル・モスクワ・センター・ホテル


訪  問  地 詳    細
起床 05:20 *起床 サンクト・ペテルブルグのラドガ・ホテル(Ladoga Hotel)

 早や! ロシアに到着した2017年10月17日から泊まっていました、サンクト・ペテルブルグのラドガ・ホテルも今朝でさよならです。

 今日の予定は、これから、サンクト・ペテルブルグ空港へ行き、モスクワまで飛んで、モスクワ市内観光になっています。

 なお、写真は、別の日に撮ったもので、サンクト・ペテルブルグの朝、5時過ぎは、まだ真っ暗です。

 
朝食 06:15 *朝食

 まだ朝が早いので、レストランの準備ができていず、ホテルのロビーでサンドイッチや飲み物を渡されます。

 なお、写真のサンドイッチは、もう半分以上食べました。

 今朝のサンクト・ペテルブルグも寒い。

 気温は、4,5度か?

 肌着は厚手、長袖、セーターとダウンのベスト。

 防寒対策は十分です。

 ◎ラドガ・ホテルの印象
  朝食のビュッフェはいただけないが、寝るだけなら問題ない。

 また、側にスーパーがあるのは、買い物ができて便利だった。
空港へ 06:40 *バス発

 サンクト・ペテルブルグの空港に向かいます。

 サンクト・ペテルブルグの朝7時前は、まだ、まだ暗い。

 
サンクト・ペテルブルグ空港 07:30 *サンクト・ペテルブルグ空港着

 朝早かったせいか、道路も混んでいなくて、ホテルを出てから、1時間もかからずに、サンクト・ペテルブルグ空港に着きました。

 ツアーの仲間ではスカートをはいている若い女性もいますが、多くの人はバスから出ると震えていて外の寒さが分かるでしょう。
サンクト・ペテルブルグ空港 07:50 *サンクト・ペテルブルグ空港

 厳しいセキュリティ・チェックを受けて、これから利用するアエロフロート・ロシア航空で搭乗券の手配です。

 朝早いけど、お客は多い。
サンクト・ペテルブルグ空港 08:00 *サンクト・ペテルブルグ空港

 各自で、アエロフロート・ロシア航空のカウンターでEチケットとパスポートを見せて、トランクを預けます。
 私の席は、E24が取れました。

 乗る飛行機は、
 09:20発  アエロフロート・ロシア航空:SU 007便です。
 モスクワまで所要時間:約1時間15分の空の旅です。
サンクト・ペテルブルグ空港 08:13 *サンクト・ペテルブルグ空港

 搭乗時間(8:40)まで少しサンクト・ペテルブルグ空港内をぶらつきます。


 ロシア語は読めますか?
 マクドナルドとバーガーキングもあります。
サンクト・ペテルブルグ空港 08:20 *サンクト・ペテルブルグ空港

 今回の旅は、サンクト・ペテルブルグを造ったピョートル大帝とご一緒します。ピョートル大帝は背が高い! 2m12cmあったとか。

 
サンクト・ペテルブルグ空港 09:10 *サンクト・ペテルブルグ空港

 搭乗開始時間が予定より30分ほど遅れました。

  乗る飛行機は、モスクワから来た時(2017年10月17日)は、AIRBUS A320でしたが、今度は、少し座席数が多い、AIRBUS A321でした。

 AIRBUS A321の仕様は、エンジンは2基、速度は、830Km/時、飛行高度は、12,130m、飛航距離は、3,800(A320は 4,000Km)、座席数は、170(A320は、140)です。
サンクト・ペテルブルグ空港 09:30 *離陸へ

 席はほぼ満員です。AIRBUS A321の席の配列は、中央の通路を挟んで、左右に3列です。私の席:E24は、機首に向かって右列の真ん中で右には、ロシアのやり手らしいOL(ズーット、ノート・パソコンを使っていた)と、これまたズーット寝ているだけの平凡な娘さんです。

 AIRBUS A321には、モニターが付いていなくて、緊急時の救命具のつけ方、席の上から酸素マスクが下りてくるなどの説明が、離陸前にCA(キャビン・アテンダント)さんからあります。
機内食 10:10 *機内食

 飛行機が安定して、軽い機内食がでます。これは、モスクワからサンクト・ペテルブルグに来た時 と同じメニューです。

 パンに挟んだハムとピクルス。ヨーグルト、小さなチョコレートも付いています。

 
 パンの味は? うまくない!

 食べない人(隣で寝ている女子)やまた2食分貰う逞しい体をした男性もいた。
モスクワ シェレメチボ空港 10:40 *モスクワ シェレメチボ空港に着陸

 サンクト・ペテルブルグから約1時間程度で、モスクワは市の北西:約40Kmにあるシェレメチボ空港に到着です。
 途中、飛行機は、まったく揺れませんでした。


 迎えのシャトル・バスで空港内へ行きます。

 
◎モスクワ(Москва)概要

 ◎ロシア連邦の概要は、2017年10月17日を参照してください。

 モスクワ(Москва、英語:Moscow )は、ロシア連邦の首都。
 人口:約1,232万人。面積:994K㎡。
 要塞を意味するクレムリンを中心に放射線状に道路が伸びている。

 日本との時差は、マイナス6時間。
 モスクワとサンクト・ペテルブルグでは時差はない。
 通貨は、ルーブル(1ルーブル 約2円。2017年11月現在)
 10月の平均気温は、5度C。

 1480年頃から、イヴァン3世がモスクワ川の側に要塞:クレムリンを中心に王宮や寺院の街づくりを始め、モスクワも拡大していったが、1712年にピュートル大帝が首都をサンクト・ペテルブルグに移すまでは、帝政ロシアの首都だった。
 
 首都がサンクト・ペテルブルグに移っても、商業の中心都市で、1918年にはレーニンによるロシア革命によって成立したソビエト連邦の首都に戻り、1991年のソビエト連邦の崩壊後も、ロシア連邦の首都で大統領官邸もある政治、経済、文化の中心地。

 電圧:220V
 周波数:50Hz
 プラグの形状:Cタイプ

 飲料水:水道水を含めて生水は危険。できるだけミネラルウォーターを飲むこと。安い。500mlで30ルーブル(約60円)程度。

 【世界遺産】
  ・クレムリンと赤の広場- (1990年)
  ・コローメンスコエの主の昇天教会- (1994年)
  ・ノヴォデヴィチ修道院の建造物群 - (2004年)
  (太字は、今回訪れた場所)
 
 
モスクワ シェレメチボ空港 10:55 *モスクワ シェレメチボ空港

 モスクワのシェレメチボ空港は広くて、多くの飛行機が停まっていました。
 

 
モスクワ シェレメチボ空港 11:20 *モスクワ シェレメチボ空港 発

 どうやら、広いモスクワ シェレメチボ空港を出て、専用のバスに乗り、モスクワ市街に行き昼食です。
 天気は曇、気温は、8度Cぐらい。寒い!
 
 バスは、サンクト・ペテルブルグで使用したのと同じ大きさ、同じブルーです。

 ツアーの人数は、28名+添乗員(女性)で、一人参加者は、隣の席も使っています。

 モスクワでのガイドさんは、やや高齢の男性です。

 
 
モスクワ市街へ 11:34 *モスクワ市街へ

 シェレメチボ空港から南東にあるモスクワ市街まで約40Kmとのことです。高速道路がモスクワ市街まで通じています。
 かなりの高層住宅群があります。
 
 走っている自動車も多い。
モスクワ市街へ 11:58 *モスクワ市街へ

 ユニクロやZARA、GAPなどが入っているショッピング・モールもある。

 
 大分、街の中心に入って来たようです。
 道は広いけど車の渋滞が酷くなってきた。

 
モスクワ市街 12:20 *モスクワ市街

 モスクワの中心に来たようです。歴史的な建物が見える。

モスクワ市街 12:22 *モスクワ市街

 昔はソ連の諜報活動を主に担当していたKGB(カーゲーベー、または、ケージービー、国家保安委員会 Komitet Gosudarstvennoy Bezopasnosti) の建物。今もその後継機関としてロシア保安庁が入っている。

 ◎KGBは米ソが対立していた冷戦時代のスパイ物では、必ず登場するこわもての代表です。
モスクワ市街 12:25 *モスクワ市街

 改修中の建物もある。世界遺産を守っています。
モスクワ市街 *モスクワ市街

 クレムリンの側のモスクワ川の向こう(南側)にも、火力発電所とか、歴史的な建物が多い。

 
昼食 12:40 *昼食
 ロシア語での名前は相変わらず分かりませんが、クレムリンに近い、洒落たレストランです。(解読した。カルチマ・タラス・プリバ Korchma Taras Bulba というウクライナ料理では有名な店とのこと。)

 
昼食 *昼食:カルチマ・タラス・プリバ Korchma Taras Bulba


 このレストラン:カルチマ・タラス・プリバ は奥行きもある暖かそうな店です。
昼食 12:45 *昼食:カルチマ・タラス・プリバ Korchma Taras Bulba

 今日の料理は、キエフ風です。

 キエフ風料理は、昨日 2017年10月19日 の昼でも、キエフ風カツレツを食べていますが。


 昨日、サンクト・ペテルブルグでも飲んだ「コケモモ」のジュースも頼みました。
 サンクト・ペテルブルグの「UNO Cafe」では、150ルーブル(約300円)でしたが、ここでは、160ルーブル(約320円)と少し高かった。
 味は、こちらの方が濃かった。

 嫌いな味ではありませんよ。

昼食 12:54 *昼食:カルチマ・タラス・プリバ Korchma Taras Bulba

 メインは、ピロシキです。

 油で揚げたパン生地の中には、キャベツとキノコが入っています。
 
 これは、美味い!
昼食 13:05 *昼食:カルチマ・タラス・プリバ Korchma Taras Bulba


 レストランから、花の冠の差し入れがあり、盛り上がっています。
昼食 13:20 *昼食:カルチマ・タラス・プリバ Korchma Taras Bulba

 まだ出る。

  牛肉を煮込んだボルシチです。

 これも良く煮込んでいて、美味しい。
 
 この店:カルチマ・タラス・プリバの料理は、ロシアにきて、4日目で、初めて堪能した美味しい食事です。

 他の部屋も満員の盛況です。
 
クレムリン 13:50 *クレムリン観光へ

 昼食を十分にとったので、これから、赤いレンガに囲まれた要塞:クレムリンの中に入ります。

 観光客が一杯で、入場まで20分ほど待たされます。

 
クレムリン 14:10 *クレムリン観光

 大混雑の入口のセキュリティ・チェックをパスして、トロイツカヤ塔の下からクレムリン内部に入ります。


 ◎ネットを見ていると、個人だと入場券を買う場所が分かり難いとか、見物場所が制限されていたりと大変のようです。
クレムリン     *クレムリン

 ◎クレムリン(Кремль)のうんちく:
  クレムリンとはロシア語で要塞の意味。
 モスクワのクレムリンは赤いレンガの高さ5~19mの城壁で囲まれ、広いその内部には皇帝の戴冠式が行われたウスペンスキー寺院(大聖堂)をはじめ、ブラゴベシェンスキー聖堂、ブラゴベシェンスキー聖堂などいくつものロシア正教の寺院が立ち並ぶ。
 ほかにも皇帝の王冠や宝物などを展示する博物館である武器庫とダイヤモンド館、そして、現在もウラジミール・プーチンがいる大統領府などがある。

 観光客が利用できるクレムリンの入口は2ヵ所あるようで、我々は、トロイツカヤ塔(高さ80m)のある方から入った。

 他の入口は、武器庫に近いボロヴィツカ塔から入る。
クレムリン 14:16 *クレムリン観光

 クレムリンの中に入ってきました。

 すぐ右側にあるのが、クレムリン大会宮殿で、大きい。

 このクレムリン内の建物としては一番新しい(1961年完成)
 
 以前は、ソ連共産党の大会などに使用されたが、今は国際会議や劇場として使用されている。

 今日も、何か催し物があるようで、ロング・ドレスの女性やタキシードを着た男性など正装の人たちが入って行った。
クレムリン *クレムリン観光

 兵器庫とニコリヤスカ塔。

 道を挟んだ所にある兵器庫の方には、警官がいて、道にでると、注意されて近寄れない。

 
クレムリン *クレムリン観光

 元老院(ロシア連邦大統領府)。
 丸屋根の上に旗が立っていると大統領がいるとのことで、今日はプーチンさんはいるようです。

 この建物と我々の間の道幅はかなりあり、警官も多くて近づけません。

 この裏側が赤の広場。

 レーニンはここ元老院で生活していた。
クレムリン 14:18 *クレムリン観光

 クレムリン内には、大小の塔があり、時計が入っているのは、赤の広場に面するスパスカヤ塔(高さ74m)で、大統領はこの下から出入りする。

 聖堂広場に入るとすぐに、3つの丸屋根のウスベンスキー大聖堂やその前に5つの丸屋根のあるブラゴベシチェンスキー聖堂などがありますが、先に武器庫を見ます。

  
クレムリン 14:23 *クレムリン観光

 大クレムリン宮殿の側を通って、ボロヴィツカヤ塔(ここにも観光客用の入り口がある)から近い武器庫に向かいます。

 どうやら空は晴れてきました。
クレムリン 14:40 *武器庫とダイヤモンド館

 入館です。

 
 写真撮影が許されているのは、この入口までで、あとは撮影ができません。
 警備も厳しい!
武器庫とダイヤモンド館     *武器庫とダイヤモンド館

 武器庫なんて言うもんで、てっきり軍関係の品物が展示されていると思っていたら、なんとここは、ロシアの一大宝物殿だった。

 12世紀からの金、銀器、武器、武具、衣装、織物、王冠などのほか、各国から大小の豪華な贈り物も、また、サンクト・ペテルブルグで取り上げたあのインペリアル・イースター・エッグ(ファベルジェの卵) も10個もある。

 また、武器庫のあるダイヤモンド館には、世界一大きなダイヤモンドもある。

 ★写真撮影が禁止されていますので、写真と以下の文章は、ネットからお借りしました。

  
武器庫とダイヤモンド館


 
  *武器庫とダイヤモンド館

 ◎武器庫(アルジェイナヤ・パラータ)は4-20世紀のロシア、欧州、東欧の名人によって作成された王位を象徴する品々(宝石と他の身の回り品)、武器、応用美術や装飾美術の傑作を保管する博物館である。そこに展示されている多くの作品はロシアの歴史と密接に関連する。
 コレクションには、約4000の傑作がある。一階には、王冠、宝珠(十字架が上に付いた球体)、王笏(おうしゃく:君主が持つ象徴的かつ装飾的な杖)などのロシア皇帝の収集品が展示されている。
そこに保管されている有名なモノマフの帽子はロシア君主の象徴として、即位の際に使われていた。
伝説によると、この王冠は、キエフ大公ウラジーミル・モノマフがビザンティン皇帝から受領したとされる王冠である。それはモスクワの東ローマ帝国の後継者であることを強調したものとされている。
 
 同じ階では、色々な時代のロシア統治者の装飾性豊かな玉座を鑑賞することができる。玉座の中で、一番目を引くのはロシア帝国皇帝イヴァン雷帝の象牙の玉座、ボリス·ゴドゥノフとミハイル・ロマノフの黄金の王座、アレクセイ・ミハイロヴィッチ皇帝の千五百個のダイヤを用いた玉座である。
 
 同美術館では、20台もの皇族の馬車や、女帝が戴冠でまとうドレス、ピョートル大帝の乗馬靴と衣装などを間近で見られる。
二階には、銀器と金細工、例えば、17世紀初頭に鋳造された30キロの銀紋章のヒョウ(動物)の容器が展示される。それに、カール・ファベルジェの超豪華イースターエッグも一つのショーケースを占める。

 クレムリン武器庫に併設されたダイヤモンド庫はロシアで最も才能のある宝石商の作品の収集品である。
それはペルシャ王のコレクションや英国の王室宝庫より勝れていると思います。
このダイヤモンド庫ではエカテリーナ2世の笏に装着されている伝説のダイヤモンド「オルロフ」(«Орлов»)で、この卵をふたつに割ったような姿のダイヤはインドで見つかった最大のダイヤモンドと考えられています。一説には、元々400カラットであった「オルロフ」はカッティングの際に189カラットほどにまで小さくなってしまったといわれている。
同じコレクションには、ペルシア政府からニコライ1世に贈られた88.7カラットの磨かぬ「シャー」(«Шах»)という宝石が所蔵されている。
他に注目すべきはダイヤの粒で作ったロシアの地図である。世界で一番高価な地図かもしれない。
 そしてダイヤモンド庫の象徴である女帝エカテリーナ2世の戴冠式に使われた王冠も価値がある。5000個の白とピンクダイヤモンドと75個の大粒の真珠で大量に使われていて、世界で2番目に大きい深紅の宝石スピネルが頂点についている。その他のダイヤモンド、金銀財宝、宝石の輝きは誰をも感動させる。モスクワに来る時に、是非クレムリン内の武器庫とダイヤモンド庫に立ち寄ってください
   
武器庫とダイヤモンド館     *武器庫とダイヤモンド館

クレムリン 15:40 *武器庫とダイヤモンド館

 退館。

 小1時間ほどで武器庫とダイヤモンド館を見ました。
 
 薄暗くて、また眩い金や銀そして生まれて初めて眼にした巨大なダイヤモンドに圧倒されて、武器庫とダイヤモンド館を出ます。

 ここにある桁外れの財宝の数々を見ると、ロシア帝国という国が物凄く巨大な国であったことが分かります。 

 出口にあるお土産売り場のシンプルな人形に「ホット」する。
大クレムリン宮殿 16:00 *クレムリン 大クレムリン宮殿

 武器庫とダイヤモンド館を見て、大クレムリン宮殿の側を通り、また聖堂広場の方に戻ります。


 ◎大クレムリン宮殿は、元は皇帝の居住殿。
  現在外国の要人の接待などに使われていて、一般公開はされていません。


 誰か要人が来ているのか?
警護人が多い。
ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 16:00 *クレムリン (大)聖堂広場  ブラゴヴェシチェンスキー聖堂

 聖堂広場とはよく言ったもので、この広場にはロシア正教の教会が多数林立している。

 大クレムリン宮殿のとなりにあるのは、ブラゴヴェシチェンスキー聖堂(生神女福音大聖堂(しょうしんじょ ふくいんだいせいどう)、Благовещенский собор、英語:Cathedral of the Annunciation)で、皇帝と皇族のための礼拝用。

 生神女(しょうしんじょ)とは正教会において、キリストの聖母マリアを指す。

ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 16:00 *クレムリン (大)聖堂広場  ブラゴヴェシチェンスキー聖堂


 この中には入っていませんが、祭壇にあるイコノスタス(聖障(せいしょう:聖所を区切る))は有名。

 
アルハンゲルスキー聖堂 16:00 *クレムリン (大)聖堂広場  アルハンゲルスキー聖堂

 ブラゴヴェシチェンスキー聖堂に対峙しているのは、アルハンゲルスキー聖堂(聖天使首大聖堂(せいてんししゅ だいせいどう、Архангельский собор、英語:Cathedral of the Archangel)

 軍の守護天使で天使の首長である:アルハンゲル・ミハイル(ミカエル)を祭っている。
 イワン4世(雷帝)など歴代のモスクワ公国、ロシア皇帝、大公の墓所。
全部で54名が葬られ、装飾された棺は46棺ある。
 外壁上部は、貝殻模様になっている。

 ここも内部には入っていませんが、
イコノスタス(聖障(せいしょう))は、綺麗とか。
イワン大帝の鐘楼 16:02 *クレムリン (大)聖堂広場  イワン大帝の鐘楼

 アルハンゲルスキー聖堂の左側にあるのが、イワン大帝の鐘楼(Колокольня Ивана Великого、 英語:Ivan the Great Bell-Tower)

 全部で21個の鐘があったが、ナポレオンがモスクワに侵攻した際に鐘楼の破壊を命じ、18個は残り、その後、復元された。

 右の塔の高さは、81m。

 暴君だったイワン4世(雷帝)の頃、(在位:1533年(3歳) - 1574年、1576年 - 1584年)には、この高さ以上の建物は、建築させなかったとか。
イワン大帝の鐘楼 16:02 *クレムリン (大)聖堂広場  イワン大帝の鐘楼


 ◎鐘の皇帝 ツァーリ・コロコル(ロシア語: Царь–колокол)

 イワン大帝の鐘楼の建物の近くに、大きな一部分が欠けた鐘がある。
この鐘は、その大きさから、ツァーリ・コロコル(皇帝の鐘)と呼ばれている。

 高さ:6.14m、直径:6.60m、重さ:160~200トン。

 どうして欠けたかというと、1737年に鋳造中に火事があり、水がかかり、不出来なためヒビが入りこのように割れたとのこと。

 なお、一度も鳴らされたことはない。

 
ウスペンスキー大聖堂 16:02 *クレムリン (大)聖堂広場  ウスペンスキー大聖堂 ("Успенский собор"(ウスペンスキー・サボール)、又は、生神女就寝大聖堂(しょうしんじょ しゅうしんだいせいどう)、英語:Dormition Cathedral)
 生神女(しょうしんじょ)とはロシア正教会における、キリストの聖母マリアを指し、就寝は永眠(死、昇天)を意味する。

 クレムリンの聖堂広場の中心をなすのは、ウスペンスキー大聖堂 です。
 ここでは、暴君イワン4世の戴冠式が1547年に行われ、それ以降ロシア皇帝の戴冠式が執り行われています。

 
  壁と屋根はイコン(キリストや聖人を描いた絵)とフレスコ画(漆喰の壁に水性の絵の具で描いた絵)飾られている。
ウスペンスキー大聖堂 16:03 *クレムリン (大)聖堂広場  ウスペンスキー大聖堂

 ウスペンスキー大聖堂では内部に入りました。正面の祭壇にあるイコンやシャンデリアは大きく豪華ですが、内部での写真撮影は禁止です。

 
ウスペンスキー大聖堂 *クレムリン (大)聖堂広場  ウスペンスキー大聖堂

 そこで、ウスペンスキー大聖堂の内部の写真は、ネットからお借りしました。

 
 
ウスペンスキー大聖堂 *クレムリン (大)聖堂広場  ウスペンスキー大聖堂

 内部の元のイコンは、12世紀に描かれ、1408年にアンドレイ・ルブリョフとダニイル・チョールヌィによって描き直されました。
リザバラジェーニヤ教会 16:20 *クレムリン (大)聖堂広場  リザバラジェーニヤ教会

 ウスペンスキー大聖堂の外にでる。

 ウスペンスキー大聖堂の側には、目立たないけど、ネギ坊主がたくさんあるリザバラジェーニヤ教会もあります。

 この小さなリザバラジェーニヤ教会の壁にも、きれいなフレスコ画があるそうです。

 中には入っていません。
大砲の皇帝 16:25 *クレムリン 大砲の皇帝 (ツァーリ・プーシュカ: Царь-пушка)

 クレムリンのイワノフスカヤ広場には、ライオンの頭が浮き彫りの1586年につくられたこんな大きな大砲の皇帝(ツァーリ・プーシュカ)も展示されています。

 全長:5.34m、重さ:約18トン。口径:890mm。

 ギネスブックにも載っているという大砲ですが、実際には使用できないようです。

 大砲の下にある玉も口径よりわずかに大きいとか。
クレムリン 16:30 *クレムリン 

 退出。
   これで、クレムリンの見どころは見ましたので、入って来たトロイツカヤ塔からクレムリンを出て、赤の広場に向かいます。
赤の広場へ 16:40 *赤の広場へ 武器庫への入口~

 この塔を右に曲がれば「赤の広場」です。

赤の広場へ 16:43 *赤の広場へ

 赤の広場前にある国立歴史博物館 (осударственный исторический музей)です。
 ここも中には入っていませんが、収蔵品は原始時代から始まりロシア革命まで450万点もあり、みる価値は十分にありそうです。

 

 
ロシア道路の基点標識 16:46 *ロシア道路の基点標識

 ここに、ロシア道路の基点標識があった。



 
ヴァスクレセンスキー門 16:46 *赤の広場 入口 ヴァスクレセンスキー門(Воскресенские ворота )


 ヴァスクレセンスキー門は、スターリンによってパレードのじゃまになるとのことで壊されたが、1995年に復元された。
      *赤の広場


 ヴァスクレセンスキー門を逆からみるとこうなります。
グム百貨店 16:47 *赤の広場 グム百貨店(ГУМ )

 赤の広場 入口 ヴァスクレセンスキー門をくぐると、右手はクレムリンの高い城壁で、左側には、もうライト・アップしている大きなグム百貨店が見えて、こころが弾む。

 ヴァスクレセンスキー門の側にある、ロシア軍がポーランド軍を破ったことを記念し建てられたカザンの聖母聖堂もスターリンにより破壊されたが、1993年に復元された。
赤の広場 16:50 *赤の広場 クレムリンの壁とレーニン廟

 確かにグム百貨店とクレムリンの壁に囲まれたこの「赤の広場」は広い!

 ◎赤の広場(Красная площадь クラースナヤ・プローシシャチ、英語:Red Square)のうんちく:
  ロシア語では、本来は「美しい広場」の意味。
  古くは「トルグ広場」と呼ばれた市場だったが、17世紀末には整備され、特に、ソ連時代の5月1日(メーデー)と革命記念日の11月7日には軍事パレードが行われ、共産党の指導者の序列が分かった。

 長さ:695m、幅:平均130m、面積:73,000㎡。

 クレムリンの元老院の壁の外側には、レーニン廟がある。
 
聖ワシリー聖堂 16:56 *赤の広場 聖ワシリー(ワシリイ)聖堂(Собор Василия Блаженного)、又はポクロフスキー聖堂(堀の生神女庇護大聖堂」(Собор Покрова что на Рву、英語:Saint Basil's Cathedral)

 やってきました。赤の広場のメインの端に立つ聖ワシリー聖堂です。

 ◎聖ワシリー聖堂のうんちく:
 1560年にイワン4世(雷帝)が、カザン征服を記念して建てた。
 正式には、「堀の生神女庇護大聖堂」で「ポクロフスキー(庇護)聖堂」とも呼ぶ。
 生神女とは、聖母マリアのこと。
 また、1588年にフョードル2世が、大聖堂東側にあった佯狂者(ようきょうしゃ、ロシア正教で野宿などで功徳を積んだ聖人への称号)ワシリイ(Василий)の墓の上に聖堂を建設して以後、ワシリー大聖堂の名で親しまれている。
聖ワシリー聖堂 *赤の広場 聖ワシリー(ワシリイ)聖堂

 ロシアでの聖堂で多分一番有名なのは、この聖ワシリー(ワシリイ)聖堂でしょう。

 赤の広場と相まって、本当にロシアに来たんだと感激しています。

  全部で9つある玉ねぎ型の塔はそれぞれが礼拝堂を備えた教会。
  中央の塔の高さは、46mある。

  ここも内部には入っていませんが、内部もきれいらしい。
 
グム百貨店 17:00 *赤の広場 グム百貨店(ГУМ) で自由行動

 これから、約1時間ほどグム百貨店で自由行動です。

 ◎グム百貨店のうんちく:
  グムという名は、ソビエト連邦時代の国営百貨店の頭文字から。
  1893年に完成した工場を1953年に改装している。ソビエト連邦時代には、1,200店もあった個人商店は国営化される。
 3階建てで3つのアーケードからできている。

 ソビエト連邦崩壊後の今は、200店が入る大きなショッピング・モールで、3階にはフードコートもあるが、高級品を扱う店舗も多く入っていて、一般的には値段は高い。

  
グム百貨店 *グム百貨店

グム百貨店 *グム百貨店

グム百貨店     *グム百貨店

 人は多く入っていて、賑やか。
 
 3階にはフード・コートもある。(安い?)
グム百貨店     *グム百貨店

映画館も入っている。

 上映していたのは、トム・クルーズの「バリー・シール アメリカをはめた男」などだった。
夕食へ   18:10  *夕食へ

 何も買わなかったグム百貨店で1時間ほど過ごしてこれから夕食です。

 
 聖ワシリー(ワシリイ)聖堂が綺麗にライト・アップされていました。
夕食   18:40 *夕食

 クレムリンからそれほど離れていない「アリューシャン」というレストランです。

夕食     *夕食 アリューシャン

 飲み物については、日本語のメニューもあります。

 それによると、
  ウオッカ:200ルーブル(約400円)
  ワイン:400ルーブル(約800円)
  ビール:250ルーブル(約500円)
  ジュース:100ルーブル(約200円)等です。

 

 
夕食   18:42 *夕食 アリューシャン

 サラダです。

 ペット・ボトルは各自1本ついています。

 味は、野菜です。本当に、ドレッシングが欲しい。
夕食   19:10 *夕食 アリューシャン

 メインは、魚のフライですが、味がまずい。幸い醤油があったので、どうにか食べる。

 デザートのケーキもでるが、美味くない。

 パンも減っていない。
ノボテル・モスクワ・センター    20:30 *ホテル  ノボテル・モスクワ・センター (Novotel Moscow Centre)

 味気ない夕食を終えて、今夜の宿:ノボテル・モスクワ・センターに着きました。

 ◎ノボテル・モスクワ・センターの概要 4つ星ホテル
  住所:Novoslobodskaya Street 23, トヴェルスコイ, 127055 モスクワ, ロシア
  地下鉄9号線メンデレーエフスカヤ駅の目の前にあり、地下鉄5号線のノヴォスロボーツカヤ駅からは徒歩5分です。
  部屋数:255室
ノボテル・モスクワ・センター   21:00 *ホテル:ノボテル・モスクワ・センター

 ノボテル・モスクワ・センターのフロント。
 
 泊まった部屋は810号室です。

 
ノボテル・モスクワ・センター     *ホテル:ノボテル・モスクワ・センター

 810号室

 なかなかよさそうなホテルです。

 テレビは、サムソンでした。
モスクワの地下鉄に乗る
  21:20 *モスクワの地下鉄(метро"(メトロ))に乗る

 泊まるホテル:ノボテル・モスクワ・センターは、丁度モスクワの地下鉄9号線のメンデレーエフスカヤ駅 (Менделеевская、Mendeleevskaya)の上にあり、まだ寝るには早いので、折角、ロシアに来たのでその深さが特徴である地下鉄に乗ってみます。

  駅名の表示は、ロシア語と英語です。

モスクワの地下鉄に乗る
    *モスクワの地下鉄に乗る

 ◎モスクワの地下鉄事情:
  2017年現在、全部で12(最近路線が開通した?14とも)路線があり、5号線は環状線。
  メンデレーエフスカヤのように”ースカヤ」(-ская)”とは、駅のこと。


モスクワの地下鉄に乗る
  21:26 *モスクワの地下鉄に乗る

 9号線のメンデレーエフスカヤ駅から北側の1駅(駅名不明:勉強しました。サヴェロフスカヤ駅です。)に乗ります。
 隣の駅では、改札は出ないでまた、メンデレーエフスカヤ駅に戻ってきます。モスクワの地下鉄では、出る時には改札がありませんから、券は1回分を購入すれば済みます。
  
 まずは、切符売り場のおばちゃんに、指で”1”と示すと、55ルーブル(約110円)で、左の券をくれます。

 なお、モスクワでは全線統一料金で、どこまで行っても、55ルーブルです。


 *改札口にある自動読み取り装置に茶色の券をかざして、入場です。
モスクワの地下鉄に乗る
  21:27 *モスクワの地下鉄に乗る

 確かに、入口からプラット・ホームまでが深く、日本と比べて早く動いているエスカレーターでも、乗ってからプラット・フォームまで2分程度かかります。

 ・エスカレーターの乗り方
 見ていると、右側は停まっている人で、左側を急ぐ人用にあけている?
モスクワの地下鉄に乗る
 
  21:30 *地下鉄のプラット・フォーム

 メンデレーエフスカヤ駅のプラット・フォームです。

 ゴミも落ちてなく、実に綺麗です。


 電車の本数も多いようで、2,3分で次の電車が来ています。
モスクワの地下鉄に乗る   21:29 *地下鉄のプラット・フォーム

 乗車率は、軽く立っている人がいる程度です。


 車両の編成は、10両ほどですか。
モスクワの地下鉄に乗る   21:33 *地下鉄に乗る

 行き先は、電光表示でした。ピンクがもう通過した駅、黒がこれからの駅のようです。
モスクワの地下鉄に乗る   21:35 *地下鉄に乗る

 隣の駅 サヴェロフスカヤ
です。

メンデレーエフスカヤ駅から2分ぐらいです。
モスクワの地下鉄に乗る   21:37 *メンデレーエフスカヤ駅に戻る




 戻りの電車はかなり空いています。


モスクワの地下鉄に乗る   21:42 *地下鉄5号線のノヴォスロボーツカヤ駅から出る

 地下鉄9号線メンデレーエフスカヤ駅は、環状線の地下鉄5号線のノヴォスロボーツカヤ駅との乗換駅です。
 そこで、ノヴォスロボーツカヤ駅の方からでてみます。


 5号線の方が利用者が多いようです。
ノヴォスロボーツカヤ駅   21:45  *地下鉄5号線のノヴォスロボーツカヤ駅から出る



 ◎ノヴォスロボーツカヤ駅の方が、メンデレーエフスカヤ駅よりも建設が古いようで、プラット・フォームにステンド・グラスも入っていて綺麗です。

 他のモスクワの駅でも、構内は綺麗だそうです。
ノヴォスロボーツカヤ駅   14:47 *ノヴォスロボーツカヤ駅

 床も天井もこれが駅かとは思えないほどきれいで、中国からの団体は、驚いていました。

 
 車両もカラフル。
ノヴォスロボーツカヤ駅   21:52 *ノヴォスロボーツカヤ駅

 長いエスカレーターに乗って、外に出ます。


ノヴォスロボーツカヤ駅   21:56 *ノヴォスロボーツカヤ駅 

 ノヴォスロボーツカヤ駅は、こんなに風格のある建物です。


 駅前には、貸自転車もあった。
ホテル:ノボテル・モスクワ・センター
  22:10 *ホテル:ノボテル・モスクワ・センター

 サンクト・ペテルブルグでは乗れなかった地下鉄にも乗りましたので、もうモスクワの夜も終わりです。

 風呂に入って、寝ます。

 お休みなさい。
 ◎ 2017年10月20日は終わり。 モスクワ第1日目
*モスクワ 第1日目雑感
  10月17日にサンクト・ペテルブルグに到着し、サンクト・ペテルブルグで3日間を過ごし、今日の午後は、モスクワに来ている。

 *ガイドさんがロシアの歴史を語ってくれるが、分からない!
  モスクワの空港から新しくやや高齢のロシア人の男性ガイドさんが乗り込み、ロシアの歴史やモスクワの歴史を話してくれますが、日本の歴史教科書と異なった読み方や「公国」が「広告」のようで、長々と話されても退屈だった。

  *KGBか!
   バスでモスクワの中心地を巡ったが、その中でもKGB本部は、なんとも言えない感じがした。
   米ソを中心とした冷戦時代を肌で知っている私としては、KGBと聞くだけでも怖い。
   映画では 007シリーズの「ロシアより愛をこめて」のダニエラ・ビアンキは色っぽくてよかったけど。

  

 *「寒い国から帰ってきたスパイ」もある
  米ソのスパイ合戦の連想で、ジョン・ル・カレによるスパイ小説も思い出した。
  本当に、米ソの対立は、ソ連からの情報が少ないだけに、不気味だった。

 *ロシアの料理のまずさ!
  サンクト・ペテルブルグといい、モスクワのレストランといい、この国における料理は酷い。
  パンも美味くない。
  よくサラダがでるが、これには、ドレッシングが欲しい。
  日本の料理の味付けが凄すぎるのかも知れないが。
  また、サービスとして、パンなどの取り皿がない。

 *クレムリン
  クレムリンが要塞を意味しているとは知らなかった。
  赤の広場。正しく赤っぽい広場だった。
  この赤の広場を爆破する映画では、トム・クルーズの映画があった。 「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル 」 だ。
  映画のロケ地となると、記憶に残る。  
  
  

 *武器庫とダイヤモンド館
  武器庫なんていうから、兵器だけの博物館かと思っていたら、これが、財宝館とは知らなかった。
  ここのすごい宝飾品の数、数! 金銭にすると、いくらになる!?

 *ツアーも4日目となると、親しくなる
  ツアーの参加者は添乗員を除いて28名と多いけど、昼と夜の食事のテーブルで同じになり、いろいろと話すと、少しばかり気心も知れてくる。
  
 *ロシアへの旅は、マニアック?
  そこで、他の人に今まで旅行した国々を聞くと、多くの参加者は、世界各地へ行っている人が多かった。
  イタリアなど有名な国は、もう何年も前に行っていて、最近はチニュジア、イスラエル、モロッコとかもあるとか。
  そんな旅の達人が、ロシアの旅を選んでいる。

 *赤の広場に立つということ
  まったく、米ソの冷戦時代を知っている私には、ロシアを訪問できることも信じられず、アメリカのドルがそのまま使える、こんな時代が来るなんてまったく、考えられなかったことだ。
  
 *グム百貨店
  昔のタイプの百貨店(デパート)のイメージで想像していたら、大間違いだった。
  日本でも新しいタイプのショッピング・モールだった。
  人も多く入っている。

  トイレ:豪華な有料トイレがあるようだ。
      無料は、3階のフードコートにある。

  ◎連絡が悪くて、メンバーがバラバラになった!
  ガイドの対応が悪くて、このグム百貨店では、ツアーの人たちがバラバラになってしまい、集合場所などの連絡が取れなくなった。
  そこで、私など顔なじみの人たちが店内を巡り東洋人には声をかけて集合場所と時間を伝えたが、中国人もいて大変だった。
  どうにか、全員に連絡がとれて事なきを得たからよかったけど、迷子事件になるところだった。

 *海外旅行での迷子事件
  実は、私は、スペインのバルセロナで迷子になったことがあるのです。
  本当に、この時は気が気でなかったのを、思いだした。

 *ロシアの歴史も絡むと、作成に時間がかかる!

  多くの写真と歴史が絡むと、いろいろと調べることも多くて、ホームページの作成に時間がかかっている。

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更新記録
2017年11月26日:第1稿Up
2017年11月22日:作成開始
2017年10月12日:準備開始

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