
| プラダを着た悪魔2 |
あらすじ:高級ファッション雑誌「ランウェイ」の編集長を長く勤めてきたミランダ・プリーストリー(メリル・ストリープ)だったが、最近のヂジタル時代には勝てず、発行部数も落ちてきている上に、載せた記事がスキャンダルに巻き込まれ、対応するため以前「ランウェイ」で働いていたアンドレア(アンディ)・サックス(アン・ハサウェイ)がまた雇われた。ミランダはアンディを憶えていなかったが、スキャンダルの対応や、なかなか実現できなかった大物(ルーシー・リュー)とのインタビーを成功させるアンディの手腕を認めざるを得なかった。しかし、雑誌も売れないため、2代目の経営者は、「ランウェイ」を売り払ってしまう計画をたて、これを知った元は「ランウェイ」で働いていたアンディの同僚のエミリー・チャールストン(エミリー・ブラント)が、富豪を動かし「ランウェイ」を買収し念願の編集長の座を得ようと狙ってきた。イタリアのミラノで開催されるファッション・ショウは、波乱の幕を揚げる・・・
女:悪魔のいないファッション・ショーでは、退屈ね!!
男:前作の「プラダを着た悪魔」が公開されたのは、2006年で、なんと20年もたって、パート2が製作されたんだね。
女:確かに20年が過ぎたのね。
この映画が言うように時代は、活字の本から、ネットのデジタルの時代に代わって、雑誌の売れ行きは良くないわ。
男:出ている俳優は、20年前と同じで、ミランダ役のメリル・ストリープ、アンディ役のアン・ハサウェイ、そして、エミリー役のエミリー・ブラント。また、ミランダに好意を寄せている男としてナイジェル役のスタンリー・トゥッチだね。
女:監督も前作のデビッド・フランケルで、脚本も前作と同じ女性のアライン・ブロッシュ・マッケンナとあるわね。
男:前作が評判が良かったのは、仕事に人生をかけてきた女性編集長のメリル・ストリープが、仕事を甘く見ているアン・ハサウェイに「悪魔」のように厳しく接するのが、観ている人に面白く共感できて訴えてきたけど、この20年では時代が変わり過ぎて、職場では悪魔はもう、映画にしても描くことができないということになるのかな。
女:雑誌社の打合せ会議でも、度々、メリル・ストリープの発言が部下によってたしなめられるシーンがあるわね。
男:所詮、映画は映画なんだから、パワー・ハラスメント(パワハラ)なんて気にしない展開であってもいいけどね。
女:そこだけど。
公開前の予告編がでた時に、「ランウェイ」社に新しく入社した東洋系の女性の描き方が、頭はいいけど、眼鏡をかけた背の低い俳優で、この映画は「東洋人ハラスメントだ」という評判を見たわよ。
男:そこで、予告編を見たけど、もうその場面は無くなっていたけどね。
女:実際に映画をみれば、まったく、そんなハラスメントというような内容はないのに、映画会社もネットでの評判を気にし過ぎね。
男:まあ、それだけがこの映画をつまらなくしている原因では無いけどね。
女:そうね。
セリフとしては、売れない雑誌界のピンチをやや専門的に言わせているけど、その解決策もなく、典型的な2代目社長が出てきて、「ランウェイ」を売り払うのはよくある話ね。
男:そこで、でてくるエミリー・ブラントが利用する富豪だけど、豪邸に住んでいるのは、ボートで行くので分かるけど、その富豪役が余りにも品が無い描き方で残念だった。
女:ミラノにあるレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」がある教会のシーンは、印象的ね。
男:このサンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会の食堂は、お金を払えば、映画のロケもできる貸し切りが可能なんだ。
女:他にも歌手のレディ・ガガも出ていて歌っているし、パーティのシーンでは、本物のモデルさんたちやデザイナーだけでなく、背の高いバスケットの選手もいたわ。
男:画面が代わる度に、有名ブランドの服を着ているメリル・ストリープやアン・ハサウェイでは、単なるファッションを断片的に撮っているだけで、どこにも「悪魔」は居なかったということか。
女:大体、20年後にパート2を作ろうという映画会社の発想からして、もう完全に新作のアイディアがなく、ネタ切れってことを表しているのね。
男:でも、メリル・ストリープも76歳になるらしいけど、彼女の印象としては、20年前から、余り歳をとったという感じはないな。
女:それは、映画の中で、自分にあった高級な衣装を着て、上手い化粧ができているせいだけよ。
男:それは、きみでもオーダーメイドの服と化粧がうまくできれば、若返るってこと。
女:そうよ。
そんなの簡単よっ。
男:でも、それは、本体の問題では・・・
女:何を、ブツブツいっているの。
前作: 「プラダを着た悪魔」 (2006年)
メリル・ストリープの; 「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」 (2020年) 、「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」 (2018年) 、 「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」 (2012年) 、
アン・ハサウェイの ; 「マイ・インターン」 (2015年) 、 「レ・ミゼラブル」 (2012年) 、
エミリー・ブラントの ; 「フォールガイ」 (2024年) 、 「オッペンハイマー」 (2024年) 、 「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」 (2021年) 、「メリー・ポピンズ リターンズ」 (2019年)、 「サンシャイン・クリーニング」 (2009年)、
| 人はなぜラブレターを書くのか |
あらすじ:自前の畑で獲れた野菜などを使って馴染みの客が多い定食屋をやっている寺田ナズナ(綾瀬はるか)は、中学生の娘:舞(西川愛梨)が恋をしているのを察して、自分も17歳の頃(當真あみ)、通学電車でいつも同じ列車に乗っている進学校の生徒(細田佳央太 ほそだ かなた))に好意を寄せて、ラブレターまで書いたが、結局渡せず、今も持っていることを思い出した。好意を寄せていた彼の名が、富久信介と分かったのは、2000年3月8日に中目黒の電車脱線事故で亡くなった人の名と写真がニュースで流れた時だった。それから24年、ナズナは、今は良き夫:(妻夫木聡)と暮らしているが、ガンが再発してきた。若くして亡くなった信介にも青春時代があったことを彼の両親(佐藤浩市/原日出子)に伝えようかと昔のラブレターを同封した手紙を書くが、郵便ポストに入れるのは躊躇っていた。その手紙は、ひょんなことから、信介が練習していたボクシング・ジムを経由して富久家に届く・・・
綾瀬はるかも高校生の娘の母親役が回ってくる歳になったのか!!
監督と脚本、編集は、「舟を編む」の石井裕也で、2000年に東京の中目黒で実際に起きた電車の脱線事故の後、20年経って、犠牲者の両親の基に、当時の犠牲者に想いを寄せていた女性から手紙が届いた話にインスパイヤーされて映画化したようだ。
「人はなぜラブレターを書くのか」というタイトルと、予告編からは、甘ったらしくて退屈な恋愛物かと思っていたが、綾瀬はるかが出ているなら、違う話もあるかと思って観た。
ガンが再発して余命が無い母親の綾瀬はるか。それを理解している妻想いの妻夫木聡。また、健気に前向きに生きようとする娘の西川愛梨。
ここらあたりの設定と演出は、まさに日本的で過去から良く描かれてきた「不治の病」、「家族の葛藤」などとお決まりの「お涙頂戴物」の王道をなぞっていく。
しかし、ここで、プロのボクサーを目指す菅田将暉が絡んだり、佐藤浩市が絡むと話が大人向けになる。
予告編を見ていたが、このボクサー役をしているのが菅田将暉とは、全然分からなかった。
髪を金髪に染めて、髭もはやしているので、当初は、サッカーの長友佑都と見まちがえる容貌だった。
菅田将暉の肉体でボクサー役をやるのは、ちょっとばかり筋肉の量が違う点はあるが、まあみられる。
そして、犠牲者の父になった佐藤浩市が、事故を起こした地下鉄の会社の役員が葬式に来て、「葬儀の費用は 会社が負担する」というセリフに、「息子の葬儀代は、自分が持つ」と言い切った箇所に、脚本家としての石井裕也の主張を受け取った。
葬儀費用負担の前に、事故を起こさない努力がかけていた営団地下鉄に問題がある。
綾瀬はるかが書いて何度も出すのを躊躇っていた手紙がどうして投函されたかでは、食堂の仕組みとしては、ここまでやらないだろうという気持ちはあるが、まあ分かるし、昔、横浜で買ったバッグが2つあったという設定も、脚本として苦労の跡が読み取れる。
ところどころ、変な川のシーンもあるが、全体として撮影が綺麗だ。
ラストの娘が受験に行く駅:十二橋駅(じゅうにきょうえき)というらしいが、ここの朝焼けのシーンは見事に決まった。
淡々と、母親の役をこなす綾瀬はるかと周りを取り巻く妻夫木聡や佐藤浩市、そして、菅田将暉。
「お涙頂戴物」とは、一味違った演出をした石井裕也監督も立派だった。
娘役の西川愛梨の髪の毛が、普通の中学生にしてはかなり長すぎるのが不満だったけど、最後には短く切っていて安心した。
綾瀬はるかの; 「ルート29」 (2024年) 、「リボルバー・リリー」 (2023年) 、 「レジェンド&バタフライ」 (2023年) 、 「はい、泳げません」 (2022年) 、 「奥様は、取り扱い注意」 (2021年) 、 「本能寺ホテル」 (2017年) 、 「海賊とよばれた男」 (2016年) 、 「海街diary」 (2015年) 、 「万能鑑定士Q モナ・リザの瞳」 (2014年) 、「プリンセス トヨトミ」 (2011年) 、、「ハッピーフライト」 (2008年) 、「ザ・マジックアワー」 (2008年)
妻夫木聡の; 「宝島」 (2025年)、「ある男」 (2022年) 、 「浅田家!」 (2020年) 、 「来る」 (2018年) 、 「泣き虫しょったんの奇跡」 (2018年) 、「家族はつらいよ 2」 (2017年) 、 「怒り」 (2016年) 、 「渇き。」 (2014年) 、 「小さいおうち」 (2014年) 、 「東京家族」 (2013年) 、 「悪人」 (2010年)
菅田将暉の ; 「サンセット・サンライズ」 (2025年) 、 「ミステリと言う勿れ」 (2023年)、 「百花」 (2022年) 、 「キネマの神様」 (2021年) 、 「キャラクター」 (2021年) 、 「花束みたいな恋をした」 (2021年)、 「浅田家!」 (2020年)、 「糸」 (2020年) 、 「アルキメデスの大戦」 (2019年)
佐藤浩市の; 「春に散る」 (2023年)、 「せかいのおきく」 (2023年) 、「騙し絵の牙」 (2021年) 、
石井裕也監督の; 「舟を編む」 (2013年)
| ハムネット |
あらすじ:1580年頃のイギリスの田舎の村。薬草や森を愛し、鷹を飼っているアグネス(ジェシー・バックリー)は、父親に逆らえずにいやいやながら子供たちにラテン語を教えているウィル(ポール・メスカル)と出会い、子供ができた二人は結婚した。芝居での成功を目指すウィルがロンドンに出かけている間にアグネスは、難産の末、男女の双子の子を産み、女の子はジュディス(オリビア・ライン)男の子はハムネット(ジャコブ・ジュブ)と名付けた。病気がちなジュディスが疫病に罹り死がまじかと思えたが、天はジュディスを助け、代わりにハムネットが亡くなってしまった。絶望の淵に立たされたアグネスはハムネットを助けられなかったことを悔やみ、また、ハムネットの臨終に間に合わなかったウィルを厳しく責める。そんな時、ロンドンでウィルが書いた悲劇「ハムレット」が公演され、いやいやながら、アグネスも劇場へと向かう・・・
主演のジェシー・バックリーの熱演は伝わるが、これも、無駄に長い!!
下で紹介している「ザ・ブライド!」でフランケンシュタインの花嫁を演じたジェシー・バックリーが、2026年の第98回アカデミー賞で主演女優賞をとった映画だ。
監督は、「ノマドランド」で、第93回アカデミー賞の作品賞を受賞した女性のクロエ・ジャオで、原作には、マギー・オファーレルの本があり、これを、マギー・オファーレルと監督のクロエ・ジャオの二人が共同で脚本を書いている。
タイトルとなっている「ハムネット」は、ウィリアム・シェイクスピアが書いた悲劇「ハムレット」と同じとのこと。
上映時間は、126分とこれまた長尺な作品。
この映画「ハムネット」については、チラシも予告編も見ていなくて、つまり予備知識がなく、「ハムネット」とは、シェイクスピアの「ハムレット」に近いタイトルだという印象だけで観た。
前の週に観た「ザ・ブライド!」で、フランケンシュタインの花嫁を演じた主演のジェシー・バックリーの口元の黒い痣の印象がまだ残っていて、この映画「ハムネット」でもジェシー・バックリーが時々見せる右の口元が上がった時に、黒い痣がまだあるような、変な気がした。
当初ラテン語を教えているウィルが、言葉には苦労していることは描かれているが、ロンドンに出て行った彼が劇を書いていて、後のウィリアム・シェイクスピアとはまったく分からない設定だ。
私の記憶では、ウィルの家族名が「シェイクスピア」だとは、聞き逃したのかも知れないが、どこで出ていたのかハッキリしない。
まあ、この映画では、ウィリアム・シェイクスピアという偉大な名は、最後の「ハムレット」を舞台で演じている時に、ハムレットに手を差し伸べるアグネスたちの場面だけでしか活かされていないから、これでいいのだろう。
樹や俳優など中心となる被写体を固定したカメラ・アングルで写すやり方は、観ていても安心する。
だけど、映画の中で、アグネスが飼っている鷹の死の話とか、ウィルが父親と上手くいかない家族関係とかの話、また洪水とか、ウイルが子供の病気を聞いて馬でロンドンから戻る場面とかは、他の話との関連性も低くて、特に無くてもいい描写で、ここらが無駄に長くて実に退屈な演出だ。
ハムネットが死んでからの最後の20分程度を観れば充分という編集では、アカデミー賞の作品賞は、とれないということが分かった。
(でも、2026年のアカデミー賞の作品賞が「ワン・バトル・アフター・アナザー」だったことにも、私は納得していませんど。)
ジェシー・バックリーの: 「ザ・ブライド!」 (2026年) は、下にあります。
クロエ・ジャオ監督の; 「ノマドランド」 (2021年)
「ワン・バトル・アフター・アナザー」の評論は
| ザ・ブライド! |
あらすじ:1930年代のアメリカはシカゴ。もう何年も怪物と言われて孤独に生きてきたフランケンシュタイン(クリスチャン・ベール)だったが、性的に満たしてくれる女性・花嫁(ブライド)が欲しくなり、高名な研究者:ユーフォロニウス博士(アネット・ベニング)のもとを訪ね、二人して共同墓地に埋められた若い女性(ジェシー・バックリー)の遺体を掘り出して、「花嫁」として再生させた。しかし、生まれ代わった彼女は自分の名前や過去をすっかり忘れていていた。再生の過程で口の近くに大きな黒い痣ができた「花嫁」は、時々、訳の分からない女性にとり付かれたりするが、ダンス映画が好きなフランケンシュタインとの仲が深くなっていく。しかし、「花嫁」を犯そうとしていた二人の若者を殺したことから、刑事達(ピーター・サースガード、ペネロペ・クルス)に追われる。「花嫁」の過去を知るギャングの殺し屋も二人を追っている。逃亡を続ける「花嫁」とフランケンシュタインに明日はあるのか・・・
女:ぶっ飛んだ内容の映画とは思っていたけど、酷いできね!!
男:監督は、俳優も兼ねている女性のマギー・ギレンホールで彼女が脚本も書いている。
女:タイトルの「ブライド=花嫁」ということは、私はタイトルだけしか知らないけど、古い映画で「フランケンシュタインの花嫁」というのがあったでしょう。
それと関係があるのかしら。
男:フランケンシュタインという怪物は、この「ザ・ブライド」の中で、度々「花嫁」の脳を乗っ取り、白黒で出てくる女性の作家:メアリー・シェリーが生み出したものだから、脚本の段階でマギー・ギレンホールもかなり意識しているのは、間違いないね。
女:面白くしていない原因の一つは、その「花嫁」の脳に時々入ってくるメアリー・シェリーのセリフがあるわね。
早口で日本語に訳されても、字幕をおっているいる内に消えてしまってその何となく高邁な感じは分かるけど、一体何を言いたいのか、良く分からないで終わるわ。
男:それが、度々だから、監督が考えていることが、観ている私たちに伝わらないんだ。
女:その度々挿入される白黒映画でのダンス・シーンの中にフランケンシュタインも出演者として出ているという感覚は何なの。
男:よく観ているね。
この挿入されている白黒映画は、「雨に唄えば」のジーン・ケリーに似せているね。
女:この映画も、上映時間が、127分と長いけど、度々挿入されるこの白黒映画の部分はかなりの部分でカットできるわね。
男:それに、登場人物が無駄に多いと感じる。
花嫁とフランケンシュタインを追っている男女二人の刑事の関係や、裏切り者の「舌」を容器に集めているギャングのボスが「花嫁」を始末出来なかった部下を殺すシーンなどは、余分な挿話だ。
女:その女性の刑事役が、ペネロペ・クルスなのは、もったいない使い方だったわ。
男:監督:マギー・ギレンホールは、ダンスが大好きなようで、「花嫁」が踊るのは、まあ許せるけど、クリスチャン・ベールが怪物のフランケンシュタインの格好で踊ってもピンとこないな。
女:音楽ファンの貴方にとっては、エンド・ルールで流れる「モンスター・マッシュ」に興味があったようね。
男:そう、この曲「モンスター・マッシュ」は、ボビー・ポリス・ピケットの歌で、墓場でモンスターが「マッシュ・ポテト」を踊るという内容で、私も、若い頃にディスコでコミカルに踊ったものだ。
女:この曲って調べると1962年の作品で、ハロウィーンの定番曲ってなっているわよ。
男:そうか。
私も「花嫁」のように生まれ代わるなら、青春を謳歌していた昭和40年代がいいね。
女:そんな時代に生まれ代わっても、今までと同じで、もてないのにね。
男:いや、私だって、若い頃は、それなりに、もてたよ。
女:あなたの過去を知っている私がいるってことを、忘れていない?
男:ムっ、それは,言わないで・・・
クリスチャン・ベールの; 「フォード VS フェラーリ」 (2020年) 、 「アメリカン・ハッスル」 (2014年) 、 「パブリック・エネミーズ」 (2009年)
| プロジェクト・ヘイル・メアリー (吹替版) |
あらすじ:分子生物学で博士号をとったライランド・グレース(ライアン・ゴズリング)だったが、学会とはそりが合わず、今は中学校で科学を教えている。そんな彼に注目したのが、国連の宇宙を担当している長官:エヴァ・ストラッド(ザンドラ・ヒューラー)だった。最近、太陽の力が衰え、天体を観測すると多くの恒星が死んでいる。原因は「アストロファージ」と呼ばれる細胞があらゆるエネルギーを吸収し、宇宙の星々を壊滅させているのだった。このままでは、地球もまもなく滅びてしまう。しかし、地球から11.9光年先にあるタウ星だけは、感染せずにいる。タウ星にある「何か」を探査するために、国連は宇宙船「ヘイル・メアリー号」を建造し、グレース達3人を送り出すが、燃料エネルギーは片道分しか作れない。また4年間昏睡状態で宇宙飛行をしている間に、他の二人の飛行士は死亡し、目的地のタウ星に着いたときには、グレース一人しか残っていなかった。たどり着いたタウ星の周りには、他に宇宙船らしい物が浮いており、グレースの船に近づいてきた。互いに交信をとると、相手の宇宙船も、滅亡を免れるために、このタウ星に来たが、放射線の知識を持たないため他の仲間は全員亡くなり彼(?)一人だけが探査を続けていたのだ。グレースは岩のような外殻に覆われ蟹のような形をしたこの異星人を「ロッキー」と名づけ、グレースたち二人(?)は協力して、タウ星の生物がアストロファージを捕食していることを突きとめ、命の危険を乗り越えてサンプルを採取することに成功した。片道しかなかった燃料エネルギーもロッキーから貰い、二人は各々帰還の途につくが・・・
宇宙船や異星人の映像化の努力は分かるが、これも無駄に長い!!
タイトルとなっている「へイル・メアリー Hail Mary」の意味は、「一かばちか」とか、もう「神頼み」しかないというらしい。
11.9光年という先にある星へ、片道の燃料しかなくて探査に向かうのだから、もう「出たとこ勝負」のプロジェクトとなるのだ。
原作は、映画「オデッセイ」の原作「火星の人」を書いたアンディ・ウィアーで、脚本は、ドリュー・ゴダードで、監督は、フィル・ロードとクリストファー・ミラーの共同だ。
この映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、3月20日に日米で同時公開ということで、チラシにも詳細な内容が書かれていなくて、原作を読んでいない私としては、予告編を見ただけでは、ライアン・ゴズリングが扮する中学校の先生が宇宙へ飛ぶだけの情報で、これはコメディ映画かなと思って映画館に足を運んだ。
事前に上映時間も調べずに観たら、上映時間が、やたら長い。なんと、156分、2時間36分という長尺の映画だった。
話を簡単に纏めると、宇宙での異星人と地球人の友情物語で終わる話。
そこに、どうして、宇宙酔いをする体質の単なる科学者が、宇宙船の操縦も習っていないのに訳の分からない星まで行くはめになったのか。
グレースと同じ目的の星を探査している異星人は岩のようなので「ロッキー=岩」と名付けたり、ロッキーなら、シルベスター・スタローンが出ていた映画「ロッキー」因んで、ロッキーの恋人のエイドリアンも話にでる。
また、原作はどうなっているのか知らないが、この映画人はビートルズが好きなようで、目的のアストロファージを喰うダウ星の生物を地球へ送る4つのロケット名は、ビートルズで、各々、リンゴ、ジョージ、ジョン、ポールとビートルズのメンバーの名が付けられているし、グレースとロッキーの仲を象徴するようにビートルズの曲「Two Of Us」も上手く流れる。
他に映画で、ミリアム・マケバの「パタ・パタ」も出てくるが、これが使われる訳までは知らない。
このあたりの話には、かなりコメディのセンスを感じるが、メインとなる宇宙人の様相が、岩みたいな外殻で、これがクモかカニの動きをしていて足か手かは知らないが、気持ち悪いの印象しか残らない。
確かにまだ見たことのない宇宙の生物を知的なものとして映像化することは、過去の「E.T.」や「未知との遭遇」などとの関係もあり難しかったとは思うが、この映像化された岩のイメージでは受け入れがたい。
また、ロッキーが乗っている宇宙船の外観は、竹のような長い管が無数にくっついている状態で、こんな外観でよく宇宙を飛べるものだと、地球人の私は不思議に感じたし、その宇宙船の中の構造も地球人としては知りたかったけど、そこは端折っている。
捕食生物を採取する際の命がけのシーンやロッキーの命が危ないというシーンも、この展開では、ハラハラ感もドキドキ感もなく、みんな終りは大丈夫だと予想がついた。
もっと、グレースの宇宙船内での生活を短くし、またイメージとしてロッキーの姿を「宇宙人ぽく」してくれないと、面白くない映画だった。
ライアン・ゴズリングの; 「フォール・ガイ」 (2024年)、 「ラ・ラ・ランド」 (2017年)
アンディ・ウィアー原作の; 「オデッセイ」 (2016年)
| レンタル・ファミリー |
あらすじ:歯磨きのコマーシャルで一躍有名になりその後はパットしないが、住み心地がいい日本で細々と売れる俳優を目指して暮らしているアメリカ人のフィリップ・ヴァンダープルーグ(ブレンダン・フレイザー)だった。そんな彼が「レンタル・ファミリー社」の社長:多田信二(平岳大 ひらたけひろ)の目に留まり、仮の家族を演じる仕事を引き受けることになった。生前葬に参列したり引きこもりの男と一緒にテレビ・ゲームをしたりと仕事は順調だったが、同性愛者の佳恵(森田望智 もりたみさと)が両親を偽るために、フィリップと神前式を挙げるという仕事には大いに戸惑いがあった。更に、ハーフの娘:美亜(ゴーマン・シャノン眞陽(まひな))をいい学校に入れたいという母親・瞳( 篠﨑しの)の依頼で、偽の父親を依頼されるが、何も知らない幼い美亜を騙すことにフィリップの心が傷む。依頼人に対しては深く係らず、あくまでも冷静に「仮」の家族を演じろという多田や社員の中島愛子(山本真理)。しかし、ボケてきた俳優:長谷川喜久雄(柄本明)が故郷の天草に一度帰りたいというので、フィリップは・・・
女:日本人の気持ちは、外人にも響くのね!!
男:私は観ていないけど、2023年の「ザ・ホエール」で、第95回アカデミー賞の主演男優賞を獲ったブレンダン・フレイザーが、大阪出身の女性監督:HIKARIと手を組んで、100%日本でロケをしたと、チラシにはある。
女:監督のHIKARIの作品には、「37セカンズ」があるらしいけど、これも観ていないわね。
男:タイトルとなっている「レンタル・ファミリー」ビジネスは、日本では前からあるね。
女:撮影から美術など殆どのスタッフと俳優たちも、ブレンダン・フレイザーを除いては日本人で占められているアメリカ製の映画という訳ね。
男:アメリカや海外向けを意識して、お寺や神社、また純和式の神前結婚式での三々九度、お祭り、お好み焼きなど、外人には目新しい日本がたくさん出てくる。
女:東京の電車や川べりのシーンだけでは、日本の奥深さが分からないと思って、富士山をバックに新幹線を走らせ、また、九州の天草の山や廃屋まで出て、葬式もありで、最後は満開の桜で締めくくるという、日本が盛りだくさんのサービスね。
男:背景は日本だけど、扱っている「心情」は、万国共通のものだ。
女:子供を思う父親の気持ち、死期をまじかにした老俳優の最後の願いを叶える気持ち。
これらは、別に他人が役として与えられなくてもみんながもっているものよね。
男:役柄として、アメリカ育ちの平 岳大の英語力は分かるけど、柄本明も必死感もなくて、英会話をしている。
本当の役者は、なんでもこなすものだと感心した。
女:脚本のできがいいのよね。
日本語と英語が混じったセリフのやり取りだけど、観ていても無理なく分かるわ。
男:大人たちの演技力とセリフ回しは、まあ、当然だといえば、当然だけど、ハーフで幼い娘の美亜を演じたゴーマン・シャノン眞陽の日本語と英語の両刀使いの演技は凄いね。
女:大人だと、日本語のセリフと英語のセリフでは一度脳の切り替えがあって、一度止まってから、どちらかに行く気がするけど、シャノンちゃんのセリフは、まったく淀みが無くて日本語と英語がでてくるのは、どういうことかしら。
男:そのあたりの仕組みは、脳を研究している人に任せようか。
女:女性の監督にしては、HIKARIは、男の気持ちも描いているのね。
男:ソープやストリップ劇場も入れているってことだね。
でも、このように見せるストリップ劇場は、いまは、どこにあるのかな。
女:そのあたりの情報に詳しいあなたでも、最近は見かけないってこと。
男:いやっ、わたしは、そんなに、そのあたりの情報は知らないよ。
女:まあ、今日は、そういうことにしておきましょう。
男:本当に、知らないのだけど・・・。ネットで調べようっと。
女:そういうことには、まめになるのね。
柄本明の; 「最後まで行く」 (2023年) 、 「ロストケア」 (2023年) 、 「ある男」 (2022年) 、 「流浪の月」 (2022年) 、
森田望智の; 「ほどなく、お別れです」 (2026年) 、 「ナイトフラワー」 ( 2025年)
| 教場 Requiem |
あらすじ:警察官希望者をふるいにかける警察学校の教官:風間公親(かざま きみちか、木村拓哉)は、以前は鋭い観察力を持った有能な刑事だったが、ある事件で仲間の刑事を十崎(とざき、森山未來)に殺され、自分は右目を刺されてから現場を離れ、今は、教官となっていた。刑事を殺した十崎はその後逃亡し、警察学校の卒業生達(坂口憲二、白石麻衣、福原遥ら)は十崎を追っていた。風間教官は、第205期の生徒達に、起立、礼、敬礼の仕方から始まり、挙動不審者への職務質問の仕方、拳銃を持った犯人との対応、さらに防御方法など、訓練と言いながら常に命をかけた実践であることを厳しく教え、耐えられない生徒には「退校届」の提出を迫るので有名だった。今期の生徒では、真鍋辰貴(まなべ たつき、中山翔貴)に振られて、新しく彼女となった木下百葉(きのした ももは、大原優乃)を、薬でのショック死を図った洞口亜早紀(ほらぐち あさき、大友花恋)を退校させ、隣に住むストーカーを事故死させた妹を庇う初沢紬(はつざわ つむぎ、井桁弘恵)の行動を改めさせる。厳しい学校生活も終りとなり卒業式を迎えるが、借金に追われる生徒:氏原清純(倉悠貴)が、問題を起こして退学になった平田(林遣都)と連絡して、平田が仕掛けた爆弾が、式場で・・・
いやはや 警察学校にはすごい先生がいたものだ!!
映画の元になっているのは、長岡弘樹の原作があり、フジテレビで、2020年1月に今回と同じ木村拓哉が警察学校の教官となったのが放映され、これが、評判が良くて、また、翌年の2021年1月にも続編が放映されている。
監督は、中江功で、脚本は、君塚良一。
私は、これらテレビでの「教場」関係は一応全部見ていると思う。
だけど、今回映画館で公開された「教場 Requiem」は、2026年1月に Netflix で「前編」が「教場 Reunion」として配信された「後編」に当たるという。
私は、Netflix での「前編」は観ていないけど、今までテレビの方をみているので、これが、「Reunion」の後編とは知らなかったけど、どうして風間が教官になったのか、眼を刺して逃げている十崎や、「退校届」を直ぐ出すという映画の基本は分かった。
映画の冒頭でタレントの明石家さんまが巡査として話を始めるので、さんまが劇中でも活躍するのかと思ったが、さんまの出番は、これだけだった。
どうして、さんまをここで起用したのかな。
映画の展開としては、生徒の三角関係のもつれ、妹想いでストイックに徒競走にかける姉、死体の解剖を見てゲロの連続などが挿入され、クライマックスとしては、落ちこぼれ生徒で退校処分を受け風間に恨みを抱いている爆弾を巻いた林遣都の狂気じみた無駄に長いセリフで終り、チラシでは「物語は、最終章へ」となっていて、これで「教場」シリーズは終りのような書き方だけど、実際には、まだ、十崎と風間との対決が最後に未解決で残っていて、これは次回作に続くという終わり方だ。
いつも冷静で物事を見つめ、生徒が抱える病歴や家族環境、また、若者の恋愛や嫉妬の感情、借金を抱えていて脅かされていることまで知っていて、更に外部の事件まで解決できる風間教官は、凄い存在だ。
今のご時世では、ある生徒が風間の出した問題に解答が出来ないからと言って、連帯責任として同期の生徒全員にクリスマス・イブの外出を禁止するとは、いくらその裏には隠された事情があったにせよ、そして、警察学校という特殊な世界でも、それはないだろうというバカげた設定である。
よく分からないのが、風間の眼を刺して逃げているらしい十崎の妹の誘拐の話。
これは、どうも前編の「Reunion」を引き継いでいるようだ。
また、映画の中心となるこれも風間の眼を刺した「アイスピック」を持って卒業式に紛れ込む爆弾犯の身代わりの件。
最近のドラマや映画は、ネットの裏情報で素人の人を集め、何も知らないという設定で、犯人探しに迫ることを逃げているけど、刑事物なら、簡単に捜査を諦める手段にして欲しくはない。
卒業式の場面か。
ここも、爆弾犯の林遣都に長々としゃべらせている、まあ、それには、林遣都が身に巻き付けている爆弾を中和させるという裏話があることにはあるが、観ていても無駄と感じる設定だ。
爆弾犯が来ることが分かっているのだったら、前日に花束に爆弾を仕掛ける林遣都を捕まえることができたのでは。
テレビの人気を借りて、映画化するなら、もっと、もっと脚本を練り上げて必要がある作品の出来だった。
木村拓哉の ; 「TOKYOタクシー」 (2025年)、 「グランメゾン・パリ」 (2025年) 、 「レジェンド&バタフライ」 (2023年) 、「マスカレード・ナイト」 (2021年) 、 「マスカレード・ホテル」 (2019年) 、 「検察側の罪人」 (2018年) 、 「HERO」 (2007年) 、 「武士の一分」 (2006年) 、
| ブゴニア |
あらすじ:大手製薬会社のCEOで雑誌でも大きく取り上げられる程有名なミシェル・フラー(エマ・ストーン)だったが、彼女は、地球を滅ぼすためにアンドロメダ星雲から来たエイリアンだと強く信じるテディ(ジェシー・プレモンス)と彼の従弟で自閉症的なドン(エイダン・デルビス)の二人に誘拐され、人里離れた所にあるテディの家の地下室に拘禁される。宇宙船との交信を絶つため髪の毛を剃られたミシェル。彼女は40歳以上だというが、かなり若く見える。蜜蜂も飼っているテディの要求は、エイリアンの皇帝と話し会い、地球を滅亡から救い、ミシェルが開発している薬で植物人間となっている母親も助け、最近異常な動きをしている蜜蜂を正常にする事だった。しかし、エイリアンでないと言い張るミシェルとテディの会話はまったくかみ合わない。だが、テディが行った電気ショックで、通常の人間なら死に至る電気を流してもミシェルは生きていた。ミシェルは、果たしてエイリアンの皇帝か。人類の未来は・・・
ヨルゴス・ランティモス監督の壮大なおとぎ話に付き合ってしまった!!
タイトルの「ブゴニア Bugonia」とは、古代ギリシャの言い伝えで、蜂は、死んだ牛から生まれるということのようです。
それで、この映画でも蜜蜂が度々出てくるわけだ。
監督は、今回と同じエマ・ストーンが出ていた「哀れなるものたち」のヨルゴス・ランティモスで、元の映画は韓国で2003年に作られた「地球を守れ!」があるそうだ。
それで、製作陣に韓国の人も入って居る訳もわかった。
予告編を見る限りでは、美人社長対狂信者の誘拐コメディ的なタッチかと思っていた。
主演のエマ・ストーンは、本当にこの映画「ブゴニア」では、髪の毛を剃ったとのことで、美人は髪の毛が無い坊主頭でも、美人?
「哀れなるものたち」でも、成人の体に入った幼児という、ロボットみたいな動きをしていたエマ・ストーンだけど、もう「ラ・ラ・ランド」ような普通の夢見る女性の役はする気がないのかな。
話は、裕福な社長役のエマ・ストーンが本物のエイリアンかどうかということだけど、後からこの映画を振り返ると、このエイリアンについては、いろいろと布石があったことに気が付いた。
それは、一人では維持出来ないほどの、かなり広い豪邸であるのに、家政婦や使用人がいなかったり、誘拐されて、食事をしても排泄をしないという、普通の人間とはどこか違うということをほのめかしていたのだ。
エイリアンの地球侵略を信じることになった、テディは、子供の頃面倒を見てくれた、今は、警官になっている男から性的被害を受けたとか、植物人間になった母親思いだとかは分かったけど、どうして、エイリアンが地球に来ているのを知ったのか、そこが良く分からない。
脚本のウィル・トレイシーや監督:ヨルゴス・ランティモスとしては、自然破壊を続ける人類は、このままでは見えない力(エイリアン)によって、必ず全滅させられますよってことを言いたいのは分かるが、最後のエイリアンたちが着ている服装が、太い毛糸とは、これでは宇宙人ではなく、エスキモーかと思わせるかなり簡単な終わり方で残念としか言いようがない。
日本でのチラシのタイトル文字も凝っていますが、英語版での「BOGONIA」やエンドロールで使われている「ボゴニア文字」は、かなり印象的です。

髪の毛を切るとか、エマ・ストーンが赤いドレスを着るとか、この映画の裏には、様々なものがあるようですが、私的には、最後で流れる曲「花はどこへ行った Where
have all the flowers gone?」 と蜜蜂のシーンが巧く合っていた。
エマ・ストーンの ; 「エディントンへようこそ」 (2025年) 、 「憐れみの3章」 (2024年) 、 「哀れなるものたち」 (2024年) 、 「女王陛下のお気に入り」 (2019年) 、 「ラ・ラ・ランド」 (2017年)
ジェシー・プレモンスの ; 「シビル・ウォー アメリカ最後の日」 (2024年) 、 「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」 (2023年)
| ほどなく、お別れです |
あらすじ:就職活動に精を出している清水美空(浜辺美波)だったが、みんな残念な結果だった。そんな時、義理で参列した葬儀場で亡くなった人と話しているところを、葬儀プランナーの漆原礼二(目黒蓮)にみられ、葬儀会社のインターンとして働くことになった。美空には自分が生まれた日に川で溺れて亡くなった姉の影響で、亡くなった人の姿が見え、話もできる霊力があったが、それを話すと気味悪がる母親(永作博美)の手前、他の人には隠していたが、漆原は美空の霊力こそが、故人と遺された人に役立つものだと思っていた。故人の思いとまだ気持ちの整理がつかない遺族の悲しを察して見事に葬儀を取り仕切る漆原。怪我をした故人にほどこす完璧な化粧術。納棺師としての死装束を行う姿の優美さ。漆原と共に働く美空にも自分のやりたいことが見えてきた。死は高齢の祖母(夏木マリ)にも近づき、姉の事故死を巡る祖母と母との確執が・・・
選んだテーマが「死」とは、三木孝浩監督は、ずるい!!
原作は、長月天音(ながつき あまね)で、脚本は、本田隆朗で、監督は、「アキラとあきら」や「TANG タング」の三木孝浩だ。
目黒蓮が死装束をするシーンの予告編を見た限りでは、これは、同じような納棺師を描いた本木雅弘が出ていた「おくりびと」の二番煎じ物かと思って観たが。
うーん、どうしてか、映画の最初から、涙が滲む。
そりゃ、肉親や家族の「死」は、故人の死因が事故にせよ病気にせよ、遺された者にとっては「悲しみの感情」を伴う記憶に繋がっている。
その涙腺の基を、良くできた映像と低く抑えた目黒蓮のセリフが心地よく刺激し続ける。
おむつまで用意していた出産まじかの妻を亡くした夫の立場や、未来ある幼い娘を失って気持ちの整理がつかない両親、父親の借金で離婚して二人の子供を貧しいなか育ててくれた母の死。
まあ、こんなことは、私には起きていないし、普通の生活をしている人にとっても、稀な死で、他人事で済ませられることだ。
そして、他の映画でもこれらの死と遺された家族の感情も見た気がする内容だ。
しかし、自分とは距離がある話であるはずだけど、目黒蓮が演じる葬儀プランナーの演技で、死者と遺された人との気持ちが、観ている方に十二分に伝わる。
遺された縫いぐるみや写真から心理学者も顔負けの推理ができるのは、作り物を感じ、時には、余りにも遺族の気持ちに入り混みすぎてくる目黒蓮には、そこまで他人に言われたくないと、私も、反感を抱く場面もあったが、その反感心がいつの間にか、信頼心に変わる。
見事な演出だ。
演出の妙としては、棺桶が葬儀場を飛び出していることにも言える。
母親が入った棺桶が、未だに愛していた元の夫が棲む長野の霧ケ峰高原まで東京から運ばれる。
川の側で亡くした孫の責任を感じていた祖母の棺桶も、事故のあった土手まで運ばれる。
常識では、ありえない設定だけど故人と遺された人との気持ちに区切りを付ける為の、素晴らしい演出だ。
まだ、この世に未練がある故人と遺された人は別れていない。
このお別れの場面があるから、「ほどなく、お別れ」が、故人と遺された人にやってきても、共に思い残すことなく前向きに出発できる。
主役の目黒蓮の抑えた演技、浜辺美波の素直な感覚。
両者共に褒められる。
また、回りを取り巻いた志田未来と永作博美。そして祖母役の夏木マリも上手だった。
そして、葬儀場の花で描いた美しい波など手を抜いていない映像。
本当に映画は、一人では、いいものができないという見本でもあった。
良くまとめあげた監督:三木孝浩に感謝。
なお、映画館で、下のようなフィルムをくれます。
浜辺美波の; 「六人の嘘つきな大学生」 (2024年) 、「もしも徳川家康が総理大臣になったら」 (2024年)、 「ゴジラ-1.0」 (2023年) 、 「約束のネバーランド」 (2020年) 、「アルキメデスの大戦」 (2019年)
目黒蓮の ; 「月の満ち欠け」 (2022年) 、
三木孝浩監督の ; 「アキラとあきら」 (2022年) 、 「TANG タング」 (2022年)
| HELP/復讐島 |
あらすじ:あるコンサルタント会社で働く、数字に強くて有能で、サバイバル物が好きなリンダ(レイチェル・マクアダムス)は、副社長の椅子が約束されていたが、後任のお坊ちゃま社長:ブラッドリー(ディラン・オブライエン)からは、「臭い」とか酷いパワハラを受けていた。そんなある日、業績の上がらないタイ支社を立て直すために、リンダはブラッドリーたちと小型ジェット機でタイへ向かう。しかし、タイ近郊の海上でジェット機が故障し、生き残って無人島に流れ着いたのは、軽傷のリンダと足を負傷し歩けないブラッドリーだけだった。サバイバル術を持っているリンダは、早速、ヤシの葉で雨水を貯めたり、野性のイノシシを殺したりして、ブラッドリーの看護もした。二人きりになっても相変わらずパワハラをするブラッドリーだったが、歩けなくては、ナイフを持っているリンダの命令には従わない訳にはいかなかった。島の生活が気に入ったリンダは、捜索にきたブラッドリーの恋人も殺す。歩けるまでに回復したブラッドリーは、イカダで島から出ようとするが・・・
女:納得の行かないところもかなりあるけど、サム・ライミ監督の作品ね!!
男:監督は、「血」が大好きな、「死霊のはらわた」のサム・ライミで、脚本は、ダミアン・シャノンとマーク・スウィフトとある。
女:あなたは、血が出てくる映画はあまり好きでなかったのにどうして、この映画を見る気になったの。
男:本当に、この年末から年初は観たいと思わせる映画がなくて、予告編からだと、この「HELP/復讐島」は、セクハラをする上司と女性部下の無人島で立場が逆転する、一種のコメディかと思って観たんだ。
女:監督が血が大好きなサム・ライミだったとは知らなかったのね。
男:それにサム・ライミは、ゲロを吐くシーンも大好きなんだね。
女:だいたい、この映画は、映画館にもチラシが置いて無くて、情報が少なかったわ。
男:調べると、日米、1月30日(金)の同時公開で、それで、チラシも間に合わなかったのかな。
女:タイトルの「HELP/復讐島」とは、おかしなタイトルね。
男:原題は「Send Help 助けを送って=助けて」で、日本語タイトルの「復讐島」は、「助けて」よりも、この映画の内容を良く表している。
女:でも、ブラッドリーは、このスペルの「HELP」を、間違えて「HEPL」と砂浜に書いたのね。
男:このあたりの描写は、私は好きだね。
女:サム・ライミはどうやってこんなにうまく飛び散る血を作っているのかしら。
男:過去の作品群での試行錯誤で、どんどん進化しているじゃないのかな。
そんな脇の物を進化させても映画の評価が上がるわけではないけどね。
女:でも、血のシーンもあるけど、話としては、面白く仕上がっていたんじゃない。
男:リンダにとって、ブラッドリーは嫌な上司だけど、少しは男として恋愛の対象としている気持ちがあるのが、観ている方としては、次にどう展開があるのか期待させる。
女:男性のあそこを、本当に切り落とすのかと、ヒヤヒヤしたわよ。
男:そこは、いつの間にか用意された、ネズミの血で落着いたけどね。
女:それなのよね。
このシーンだとどのタイミングで、ネズミを用意していたのか、とか、とかがあちらこちらで気になったわ。
男:そうだね。
まず、近くに洞窟があるのに、どうして、雨や強風のある海辺に住むところを作っているのかよって気持ちだね。
女:ブラッドリーを助けに来た黒人の恋人と船頭を崖から落としたけど、あの船の処分もどうなったのかしら。
男:その恋人が幽霊になって、波打ち際で砂浜に爪を立てるシーンは恐かった。
女:でも、体は見せないでダイヤの指輪をした腕だけが、砂浜から突き出ているのも、かなり不自然な作り方ね。
男:それをいったらお終いだけど、最後の、島には大金持ちの別荘がありましたには、なんで、ここで、急に凄い別荘が出てくるのという驚きというか、これでは、今までの無人島って設定は、一体、全体どうなっているのかという思いがした。
女:その別荘に入るには暗証番号が必要だけど、リンダは、管理人が入るのを見て、憶えていましたのは分かるけど、リンダは映画の最初の方では眼鏡を架けていて近眼の筈よね。
かなり遠くから管理人の動きを見ていたリンダでは、入口の小さな番号キーの数字までは見えないでしょう。
男:そう言われれば、、リンダの眼鏡は飛行機事故以降無くなっていたな。
女:この映画では、ブラッドリーのゴルフのパット練習から始まって、ゴルフ場でのリンダの華麗なスイングで終わっているけど、ゴルフのクラブは、ボールを打つだけでなく、人を殺せる道具になるのが分かったわ。
男:どうして、私のキャディ・バッグをみながら、しみじみと言うんだい。
女:いや、何となくね。
男:むっ、嫌な予感が・・・
レイチェル・マクアダムスの; 「スポットライト ~世紀のスクープ」 (2016年)
| ウォーフェア ~戦地最前線~ |
あらすじ:2006年。イラクのアルカイダ幹部の狙撃に派遣されたアメリカの特殊部隊の一つ、エリック(ウィル・ポールーター)が指揮する8名の小隊は、町中にある民家に侵入し、狙撃兵のエリオット(コズモ・ジャービス)も幹部射殺のチャンスを狙っていたが、小隊の動きがばれて、敵から激しい攻撃を受けるはめになった。死者や重傷者もでて、援軍を依頼するがアルカイダが持っている戦車も破壊する爆弾:IEDを恐れて救出隊も動きが悪い。同じく派遣されていた別の狙撃隊と合流するが、敵の攻撃は、四方八方から容赦なく来る。味方の戦闘機も敵への威嚇で参加するが、全然効果がない。立て籠っている家の屋上にも敵が押し寄せてきた。泣き叫ぶ負傷者、放心状態の隊員。彼らは、無事、脱出できるのか・・・
戦場の緊迫感はでているが、それだけで、何も面白くない!
監督は、「シビル・ウォー アメリカ最後の日」のアレックス・ガーランドで、彼と、実際に米軍の特殊部隊としてイラクに派遣されていたレイ・メンドーサを共同監督としている。
脚本も、アレックス・ガーランドとレイ・メンドーサが、他の兵士たちに聞き込みを行い書いたという。
話は、戦闘に参加した兵士たちの目線で進行し、敵であるアルカイダたちの細かな動静はほとんど描かれていない。
乗っ取った民家の中とその近所だけが舞台として話は展開する。
家の中で交わされるアメリカ軍の作戦本部と狙撃隊との無線通信や、アルカイダの攻撃で混乱して指揮を取ることができなくった隊長。足を負傷して大声で泣き叫ぶ兵士。痛み止めに打つモルヒネ注射の上下を間違えて自分の指にうってしまう兵士。
戦場の混乱ぶり、人が惨たらしく死んでいくのを目前にした時の興奮状態などは、こんなことになるのだろうという表現はまあ、まあ分かる。
機銃を乱射してもその弾が敵に当たっているかどうかは、シーンとして描かれてはいないし、それらは監督として問題でないようだ。
映画館ならではのIEDの爆発の重低音は、観ている体に響くし、戦闘ジェット機が威嚇で地上すれすれに通過した時の土ほこりの迫力も伝わる。
しかし、監督:アレックス・ガーランドとレイ・メンドーサは、この映画を介して、観客に何を訴えたいのか、さっぱり分からない。
戦場を兵士の目線で描くと、どこにもヒーローはいなくて、こんなに悲惨だと言いたいなら、こんな出来の悪い映画を観なくても、第二次世界大戦の記録フイルムでもう充分に知っている。
大体、最後に救出用の戦車が2台も来て、無事兵員は帰還できましたでは、もっと前に、なんとかできただろうと、観終わって後味が悪い。
粉々に壊された家に住んでいる民間人の家族のその後の方が心配だった。
映画会社:A24の作品ということで観たが、暇つぶしにもならない映画だった。
アレックス・ガーランド監督の; 「シビル・ウォー アメリカ最後の日」 (2024年)
| コート・スティーリング |
あらすじ:1998年のアメリカは、ニューヨークでバーテンダーをしながら一人で暮らしている真面目な青年:ハンク(オースティン・バトラー)は、高校時代は野球が巧くて、学校を卒業したらメジャー・リーグからドラフト指名がされる程有望だったが、同級生とドライブ中に電柱に激突して、同級生は亡くなり、自分は足を骨折してメジャー・リーグへの夢はついえたが、チャイナタウンに住んでいる恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラビッツ)と穏やかな日々を送っていた。ある日、隣に住んでいるラス(マット・スミス)が急にロンドンへ行くことになり彼の猫を暫く預かるはめになる。その翌日から、ラスを訪ねて、凶暴なロシア人、プエルトルコ人またユダヤ人といろいろなマフィアが代わる代わる来て、ハンクにも暴力をふるう。怪我をしたハンクはローマン刑事(レジーナ・キング)に助けを求めるが、ローマン刑事の動きもおかしい。どうやら、ラスは組織の大金をくすねて高跳びしたようだ。ラスのことを話さないハンクへの見せしめとして、イヴォンヌが射殺される。ロンドンから戻ったラスから事情を聞いたハンクのマフィア達への復讐が始まる・・・
女:容赦ない暴力シーンの連続ね!
男:監督は、ナタリー・ポートマンがバレリーナを演じた「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキーで、脚本は、原作も書いているチャーリー・ヒューストンとあるね。
女:本当に、今年(2026年)は、昨年末から新年にかけて観たいと思わせる映画が無かったわね。
男:映画ファンとしては、残念な年末・年始だったけど、2026年のこの「香川の映画・演劇 評論」のホームページを始める映画として「コート・スティーリング」を選んだ訳だ。
女:この映画の予告編は映画館でも余り流されていなかったけどどうして、観る気になったの。
男:タイトルの「コート・スティーリング」が何を意味するのか分からなかったので、どんな内容か知りたくなったんだよ。
女:それで、「コート・スティーリング」の意味は分かったの。
男:うん。
「コート・スティーリング Caught Stealing」は、もともと野球用語からきていて、「ベースを盗むのに失敗した 盗塁の失敗」との意味で、そこから「チャンスを逃す」の意味もあるようだ。
女:なるほどね。
野球でメジャー・リーガーになり損ねた主人公のハンクの人生にかけたタイトルにした訳ね。
男:映画としては、ロシア人のマフィアとか、ユダヤ人のマフィアなどが出てきて、これなら、ドタバタ劇かと思っていたら、殴られ方や殺し方が、どぎつい描き方だった。
女:でしょう。
その上に、暴力で腎臓を痛めて手術したばかりのハンクのまだ縫い目が残っているお腹の糸を切り裂くのは残酷なシーンだったわよ。
男:その傷跡を、接着剤でくっつけるのは、かなり笑えたけどね。
女:普通、女性ヒロインは殺さないと思うけど、この映画では簡単に殺していたわね。
男:また、猫の足も折ったりと、これだとどこかの団体から抗議がでそうだ。
女:でもその猫の足の包帯も意味があったのよね。
男:そのあたりの物語の伏線の回収が、自動車事故と同様に練られている。
女:だけど、暴力団に3つも違ったグループを出して殴る蹴るは、多過ぎない。
男:監督の名前:ダーレン・アロノフスキーから彼は、ロシア系だと分かるけど、ユダヤ教のマフィアを出したのは笑えるところだった。
女:ユダヤ教の安息日には、家庭でゆったりと過ごし、車の運転もしないことになっているのも伏線に使ったわね。
男:監督の両親が熱心なユダヤ教徒だったようで、それに反抗した思いを感じるね。
女:この映画では、ハンクの周りにいたバーの店主やハンクのお友達までと、主人公のハンク以外には、皆な殺されてしまうのは、行き過ぎじゃない。
男:訳アリ刑事まで殺されたけど、野球の好きなハンクのお母さんと猫がどうにか終りまで生きていたのが、救われる。
女:その野球の「ジャイアンツ」が大好きなお母さんは、最初から電話だけの「声」の出演で終わるかと思っていたら、最後に姿を見せていたのよ。
男:「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」にも出ていたローラ・ダーンだったね。
女:暴力物は好きでない貴方としては、年初に観るべき映画ではなかったのかしら。
男:まあ、長い映画鑑賞の中では、様々なジャンルの映画を観て、また、様々な感想を得ることは重要な経験だから、そんなに悲観はしていない。
女:そうね。
今年も一杯映画を観て、感想を綴ってね。
男:もう、あまり先が無いような言い方だけど。
女:それが、現実でしょ。
男:確かに、そうだけど・・・
この映画では、エンドロールの構成が、下から上へ上がったり、左右から1行づつ飛んできたり、ゆらりゆらりとでてくるなどと凝っていますので、最後まで観てね。
オースティン・バトラーの; 「エディントンへようこそ」 (2025年) 、 「エルヴィス」 (2022年) 、 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」 (2019年)
ダーレン・アロノフスキー監督・製作の ; 「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」 (2017年) 、 「ブラック・スワン」 (2011年)